【米国便り19】Queer クイア ってなぁに?

 先日、ある読者の方に【米国便り】の感想をお聞きしたところ、「Queer クイア の意味が分からない」と言われました。また、最近わたしのまわりからも、「Queer クイア の意味が分からない」という声を時々聞きます。ちょっとショックを受けました。私はこれまでの【米国便り】で当たり前のように「クイア」と書いてきたけれど、意味が伝わっていなかったかも、と少し反省です。ということで、簡単に言葉の(恣意的な!)解説をします。

 ここ日本語環境下において、「Queer クイア」をどういう意味で使うかについては、コミュニティーや活動家の間でも、確固とした合意のようなものが確定しているわけではありません。少なくともわたしは、そういう状況(意味が不確定で曖昧な面がある)を承知の上で、というかむしろそういう不安定な用語だからこそ、「Queer クイア」という言葉を使っています。まずこれが一番重要な点。
 日本でおそらく一番多い用法は、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー・インターセックス・Aセクシュアルなど、要するに性と性別の領域で「フツウでない人」の総称としての用法です。この場合、ほぼ「セクシュアル・マイノリティー」「性的少数者」と同じ意味です。「レズビアン・ゲイ......」と書くとやたら長くてキャッチーでないからという理由で「クイア」が選択されることもあります。人によっては「レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー」もしくは単に「レズビアン・ゲイ」の意味でクイアという人もいます。
 ちなみに、そこにインターセックスを含めるべきかどうか、とか、Aセクシュアルを含めるかどうか、といった議論がちゃんとされていることは、ほとんどないのではないか、というのがわたしの印象です。実際には、どこまでを「私たち」として認めるかといったややこしい議論を避けるために、安易に「クイア」が採用されることも少なくないと私は思っています。
 ただ、現実の話として、いまでは「レズビアン・ゲイのコミュニティー」と呼ばれてしまっている社会的空間にも、実は以前から雑多ないろんな人たちがいました。「男女という制度」にいろんな意味ではずれる人たちが作り出していたつながりこそが「私たちのコミュニティー」でした。ですので、確かに安易な気もしますが、「『男女という制度』からはずれている私たち」のことを表す適当な日本語がない中で、「クイア」が採用されるのにはそれなりのリアリティがある、とも言えます。
 関西で来年に開催が予定されている映画祭の正式名称は「関西Queer Film Festival」になりました。これは、「レズビアン・ゲイ」という括りで「私たち」を表象しない、いろんな人がミックスで存在するという関西の状況を肯定的に考える、という政治的な立場を実行委員会が自覚的に選択したのだと私は思います。
 また日本では「クイアシネマ」という言い方も普及しています。要するに、同性愛を扱った映画のことです。ご存じかもしれませんが、映画には同性間の性愛を(肯定的に)扱った映画がたくさんあり、実際に全国各地の映画館で上映されてきました。中にはインデペンダントな、もしくはオルタナティブな単館上映館や自主上映館でしか上映されていないものもありますが、実はメジャーな映画館での上映もかなりありました。テレビでも「クイアシネマ」と題して連夜に渡っていろんな映画が放映されたこともありました。末尾にいくつかあげておきます。ものにも依りますが、割と面白くみることが出来ますよ!ビデオレンタル屋にはたいがい置いてあります。
 この「クイアシネマ」の影響もあり、日本では「クイア」は割とおしゃれな言葉として流通している面があります。「レズビアン」「ゲイ」というとちょっとどぎつい感じがして、みんなの前で口に出すのがはばかられると感じる人が、「クイア」ならおしゃれに軽くPOPに口にできる、というような状況もあるかもしれません。
 なんですが実はこの言葉、もとの英語では、超口汚い罵倒の言葉です。あえて日本語訳するなら「オカマ野郎!」とか「この変態め!」に近いです。実際に当事者たちは「Queer」という言葉で罵倒されたり、「Queer」とののしられながら殴られたりしています。そういった罵倒語だったからこそ、その言葉で罵倒されていた当事者たちが、逆に開き直って「We are queer!(私たちはクイアだ!)」と名乗り始めました。少なくとも英語圏ではそういった文脈の言葉です。なので、自称として「Queer」を使うのは構いませんし、気心の知れた人同士で「Queer」を使うこともありますが、知らない第三者に対して安易に「Queer」と呼んだりすると、それはそれでトラブルになるかもしれません。日本語のおしゃれな「クイア」とは、その言葉の持つ毒性やどぎつさが全然違います。
 この英語の文脈からも分かるかもしれませんが、「Queer」という言葉には、特定の政治的な主張(路線)が込められています。

 本当におおざっぱに言いますが、マイノリティー運動には大きく分けて二つの路線があると思います。一つは、社会の中で公式に認知されることを求め、その社会の秩序の中において平等な扱いを求める路線です。「私たちは、あなたと同じ人間なんだ」というような言い方で差別に反対する路線です。具体的には、同性婚を求めたりします。最低限の市民権運動としての「府中青年の家裁判」や、その裁判の際にオネエ言葉ではなく「フツウの」言葉で話すというような選択のことです。
 もう一つの路線は、マジョリティー社会のあり方そのものを問う路線です。マジョリティーや社会に認知・承認されることを求めるのではなく、同質性ではなく差異を積極的に主張します。「私たちは、あなたと同じ人間なんだ」というのではなく、「私たちは皆それぞれ違っているのだ」と言ってその差異を権利として主張します。マイノリティーとしての自己の開き直りが中心にあります。マジョリティー社会の中では異端とされさげずまれている「自分たち」の文化を、肯定的な価値として社会に対して表現することが多いと思います。
 前者は、場合によっては「私たちは、そんなに変わった人たちではない」「私たちは、危険ではない」などという主張に変わることもあり、要するに多数派に合わせて生きることで、こちら側が譲歩することで、仲間に入れてもらおうというアプローチになってしまうこともあります。しかし実際に私たちにも生活があり、最低限の市民権の主張としての前者のアプローチは必須である、とも言えます。前者と後者は必ずしも対立するものではなく、その時々によって戦略的に使い分けていくものである、というのがまぁ正解の答えなんだと思います。
 そして、「Queer」という言葉は、後者の路線の最たるものです。
 なので実は、「Queer」というのはもともとアイデンティティーやカテゴリーを表す言葉と言うよりは、社会に対するスタンスを表明する言葉であった、と私は思います。今の社会の主流派に対して「あかんべー」をして、そしてまたそれだけではなく、今の社会の中に取り入ろうとするレズビアン・ゲイの運動の主流派【米国便り7】カストロストリート に書いたような、白人中産階級のゲイのようなあり方や、【米国便り11】ポートランドの「同性婚」 で書いたティンカーさんに批判されているような運動のあり方、など)にも「あっかんべー」をする生き方。だからこそ、ゲイやレズビアンであっても「Queer」ではない人なんてたくさんいるし、性別違和のない異性愛者であっても「Queer」な人はいる、ということになります。それは生き方の問題、あなたの選択の問題なのです。わたしが日本語で「クイア」という言葉を使う時には、こんな意味を込めています。

 つい最近「米国のクイアたち」と題して米国ツアーの報告会をしましたが、その時の「クイア」の説明には私はこう書きました。

クイア:「男女という制度」に挑戦する人たちの名乗り。レズビアン・ゲイの メインストリームの運動に満足できない人たちの名乗りでもある。




**参考リンク
「Queer クイア」をどういう意味で使うかについて大昔に皆で話した対談。
(「ヒッピー」が私です。このページの前半の対談部分はそんなに今も意見は変わっていませんが、後半に載っている【「クイアーってなあに?」を読むための基礎知識】は、ずいぶん前に書いたものということもあって、今読み返してみると内容に問題があります。ご容赦下さい。)

●Qeeerを生まれつきの問題としてではなく、自身の意志で選択するものとして位置づけるメーリングリスト(英語)

**注釈
●アカー系の人(河口さんや風間さん)の言う「クイア」は、ゲイ中心主義を解体するという側面がほとんど踏まえられていない印象を私は持っていて、私とは路線が違います。
●伏見憲明さんの言う「クイア」も、ゲイ中心主義を解体するという側面が全然ふくまれていないのではないかという印象があるので、私とは全然路線が違います。
●しつこいですが、この「クイア」の説明はひびのによる恣意的なものです。いろんな意見の人がいます。

**クイアシネマ、というか、ひびのの独断による映画の紹介は、長くなったので別に改めて投稿します。

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投稿者 hippie : 2004年9月16日 18:28 | トラックバック
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