【米国便り15-2】バイコンの基調講演(日本語訳)

バイコンについてのことを詳しく書こうと思ったんだけど、私の基調講演の内容にも関係するところもあり、また何人かから基調講演の和訳の要望があったので、和訳しました。
せっかく訳したんだし、読んだらぜひ感想を聞かせてくださいね。

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国際バイセクシュアリティー会議 基調講演原稿

2004年8月6日 米国ミネアポリス
ひびの まこと

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 みなさんこんにちは。
 京都から来ました、ひびの まことです。
(ここまで日本語。ここからは英語で話したものを日本語訳)
 こんにちは、わたしはひびの まことといいます。日本の京都から来ました。
 ここで講演するという機会を与えてくれて、ありがとうございます。

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 わたしは英語がうまくありません。でも、多くの人が「理解ができないわけではない」と言ってくれます。ですので、お話しする時は原稿を読ませて頂きます。しかし、英語を聞くことは話すことよりもとても大変です。ですので質疑応答の時間のために通訳をお願いしました。JUNさんがここにいてくれます。

■導入

 今回がわたしにとっての初めての米国訪問です。そして全てを英語の中で過ごすという初めての経験でもあります。この会議のまえに、わたしは米国の西海岸の講演ツアーをしました。そしてそこでの会話はわたしにはとても面白いものがありました。会話の始めに、わたしはこう聞かれたのです。
「あなたはどんな代名詞で呼ばれたい?『彼』がいい?『彼女』がいい?」
わたしの答えはこうです。
「わたしのことは、『マコト』と呼んでください」
わたしはMtXのトランスジェンダー(生物学的には男子としての身体をもって生まれたが、自身のことを男であるとも女であるとも認識していない)です。英語的に言うならわたしはGenderQueerですし、日本語で言うなら「オカマ」です。
 わたしは日本で、ジェンダー/性別を使う必要がない時には、ジェンダー/性別を示す言葉を使わないで話をしようよと強く提案をしてきました。今思うのは、性別を意味する代名詞を使わないで話をするのが、日本語は英語と比べてはるかに簡単だということです。しかし英語では、ある人のジェンダー/性別を特定しないで話をするのは困難です。このことはわたしには驚きでした。
 言葉におけるジェンダー/性別の配置ということについて、日本語と英語とには違いがあります。今日わたしは、トランスジェンダーやシスジェンダー/cisgenderの話はしませんが、わたしの話はそんな異なる文化の中から行われているものである、と思っています。

【ウェブ掲載に当たっての日本語読者のための注釈】
シスジェンダー/cisgenderについて:一般には、身体の構造/服装の性別/身振りの性別/自分の性別の自認/法的書類上の性別などの、各種レベルの性別が全て一致していることやそのことに違和感がないことが「フツウ」とされ(従って特に呼称が存在しない)、そうではない人(性別違和がある人)だけがことさら特別・有徴な存在として「トランスジェンダー」「性同一性障害」などと呼ばれている。しかしこれは対等な関係ではない。そのため、それらを対等に扱うために「シスジェンダー/cisgender」という言葉を使う人もいる。これは、そもそも「異性愛」という言葉自体がはじめからは存在せず(多数派でかつそれが「あたりまえ」と思われていたので、ことさらそれを指し示す言葉が必要なかった)、同性愛という言葉との対応関係から、それらを対等に扱うために改めてつくる出された言葉である、という歴史的経過と似ているお話し。

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 オーケイ、では始めましょう。
 わたしは日本で、「バイセクシュアル」とトランスジェンダーの活動家としての経験から、ジェンダーとセクシュアリティーについての考え方に挑戦してきました。またあとで詳しく述べますが、わたしは2002年にパレスチナの国際連帯運動(ISM)に参加しました。
 わたしが様々な運動に参加して学んだことは、「多くの社会運動の中に見られる物事を単純化したものの見方の危険性」と「複数の角度から物事を見ることの重要性、複数の問題を同時に考えて取り扱うことの重要性」です。それはつまり、例えそれが正しい要求であったり必要な社会運動であっても、本来そこにあるべき他の重要な問題をないがしろにしてしまうことがあり得るということをわたしが学んできたということです。

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■バイセクシュアル問題

 はじめの話題はバイセクシュアル問題です。私たちはバイセクシュアリティの会議にいるのですからね。
 残念なことに、日本でも私たちクイアのコミュニティーの中に、バイセクシュアルの人に対する差別はあります。分かり易い例だと、日本で一番大きいプライドパレードの名前は、いまだに「東京レズビアン・ゲイ・パレード」です。もちろん、「私たちの」コミュニティーにはレズビアンでもゲイでもない人がたくさんいるということを、ここにいる全ての人は知っています。少なくとも、バイセクシュアル、トランスジェンダー、Aセクシュアル、クイア、インターセックスの状態の人、その他様々なアイデンティティーや状態の人がいることを私たちは知っています。パレードの中にバイの人やそれ以外の人がいることは、よく人々に知られていますが、にもかかわらずパレードのタイトルからはそれらの人は無視されています。この手の「2級市民扱い」が、日本にもまた存在しています。
 米国と全く同じというわけではありませんが、日本の社会にも同性関係嫌悪(ホモフォビア)が存在します。多くの人は、全ての人は男子か女子のいずれかであると信じています。そして、自分とは異なるもう一方の性別の人を愛することが正常だと思われています。ですので、同性関係嫌悪との闘いは日本でも必要です。わたしはたくさんの活動家と話をしてきました。そして時々、対話をすることができました。しかし何人かのゲイの活動家はわたしの話を聞かず、そしてバイセクシュアル問題を理解しませんでした。特に、自身のことを差別の被害者であると思っている人たち、自分たちの権利を何よりも最初に主張したいと思っている人たち、そんな人たちと話をするのは困難でした。
 ちょうどあなたが孤立している時、そして友達を捜している時、人は自分とはかなり異なる事情の人のことも気に掛けることができます。でも人がたくさんの仲間を持ち、運動を組織しようとしている時、ちょうど人が人を選ぶことができる権力を持っている時、多くの活動家たちは人の話を聞かない傾向があります。わたしは、バイセクシュアルを無視する人が悪い人ではないことを知っています。それらの人は特別な悪意を持っているわけではありません。その人たちは、自分たちは差別をなくしたいだけだ、と思っています。その人たちは差別されたくない、ただそれだけのことなのです。しかしそういう人たちは、時々わたしの話を聞くことを拒否します。例えわたしが目の前にいても、です。
 特に誰かが自身のことを被害者だと思った時、特に誰かが仲間と一緒に運動を組織することに一生懸命な時、特にその運動や闘いが正しく必要で重要なものである時、そんな場合にこそ、人は他者の声を聞くことが難しいし、人は他者を無視しがちだとわたしは思います。
 わたしはこの教訓を、ゲイのコミュニティーの中におけるバイセクシュアルとしての経験から学びました。

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■「バイ=2」の問題点

 次に行きます。
 バイセクシュアルという言葉は、2セクシュアルという意味です。バイセクシュアルとは、男子と女子の両方を好きになる人という意味です。それ故、バイセクシュアルという言葉はわたしには正確にはあいません。
 たった一つの性別の人を好きになる、ということは、レズビアンとゲイそして異性愛の人のあいだでは、当たり前の共通のことです。レズビアンやゲイや異性愛の人にとっては、その人の性別こそが重要です。その一方で、特定の一つの性別の人だけを好きになるわけではない人もいます。そういう人たちは、場合に拠りますが、男子や女子やそれ以外の性別の人を好きになります。相手の性別は一番最初に重要な条件ではなく、そういう人には性別以外の条件の方がより重要です。例えば背が高いか低いか、やせているか太っているか。そういった条件が重要なのであって、男子か女子かということが重要なのではないのです。こういった人たちの存在は、レズビアン・ゲイや異性愛の人が持っているような性別に対する特別な関心は、全ての人にとって共通なものではない、ということを明らかにしています。「男女という制度」が私たちの社会では広く行き渡っているので、人を好きになる時にさえ性別が参照される、ということを、そういう人たちは明らかにしています。パートナーを選ぶ時のもっともはじめの重要な条件は性別であるーーーこのような種類の考え方は、それがまるで全ての人にとって一般的であるかのように思われています。そしてそのようなあり方は一部の人のものでしかないにもかかわらず、私たちの全員に押しつけられています。
 実際、バイセクシュアルという言葉は、相手の性別に特別な関心がある人のためにつくられた言葉です。バイセクシュアルという言葉は、2人の人の性別がどういう関係であるかということに基づいて人を分類する言葉です。
「あなたはどちらの性別の人が好きなの?男子それとも女子?さもなければ両方?」
わたしはこの質問自体に不快感を覚えます。その代わりに、例えばですが次のような質問の方がわたしにはピッタリ来ます。
「わたしは背の低い人が好きです。あなたは背の高い人が好きですか、背の低い人が好きですか?それとも両方?」
本来なら、わたしの質問も、はじめの質問と同じ価値を持っているはずです。しかし、性別を尋ねる質問の方がわたしの質問よりもよりまじめに取り扱われます。わたしがバイセクシュアルという言葉を使う時、わたしの不快感を説明するのが一層大変です。相手の性別を特に気にする人たちの持っている特権を説明するのは、さらに困難です。
 また、バイセクシュアルという言葉は、世界にはたった2つのジェンダーしか存在しないという仮定も持っています。しかしわたしを含め、この場所にも、男子でも女子でもない人がたくさんいます。バイセクシュアルという言葉は「男女という制度」に基づいた言葉なので、この手の不便なことが起きるのだと思います。
 私たちのコミュニティーにおけるレズビアンでもゲイでもない人の存在を表現する、という目的のために、バイセクシュアルという言葉は使われてきました。わたしも、とっても安易・簡単に説明する時にはこの言葉を使います。それは必要な言葉だったのです。しかしバイセクシュアルという言葉を使って簡単に説明をすることによって、相手の性別をことさら気にする人たちの持っている特権を指摘することが一層困難になります。私たちは、何の悪意もないのに、まるで全ての人が男子か女子であるかのように振る舞ってしまうことになってしまいます。結果的に「男女という制度」を支えてしまっているんではないか、と私は危惧します。
 私たちがバイセクシュアルという言葉を使う時は、その肯定的な面だけではなく、その否定的な影響も存在するかもしれないことを知っているべきだと思います。


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■Aセクシュアル

 「男女という制度」には様々な要素があります。
 フェミニズムは女性差別(sexism)を明らかにしました。同性関係嫌悪と闘うたくさんの運動があります。わたしは、わたしのバイセクシュアルとしての経験を通じて、相手の性別にことさら関心がある人たちの特権を指摘してきました。日本でわたしがバイセクシュアルについてのプレゼンテーションをしている時、わたしは以下のようにAセクシュアルの活動家から批判をされました。

「あなたは男子が好き?女子が好き?」という問についてあなたは議論している。それはよいとしましょう。しかしあなたもまた、全ての人は恋愛やセックスに関心があるという隠れた仮定を持っていますね。私たち全ての人が恋愛やセックスに関心を持つことを強いられているということを、あなたは理解しているのですか?

 わたしは、「全ての人は恋愛やセックスに関心がある」という自分でも気がつかない隠れた仮定を持って、講演をしていました。まるで全ての人がそういう関心を持っていることが当たり前であるかのようにです。
 わたしは、恋愛やセックスが好きです。なので、ご関心のある方はあとでとりあえずお越し下さい。
 いずれにせよ、批判を受けるまで、わたしはそのことに気がつくことができませんでした。そして、「男女という制度」はまた、全ての人に恋愛やセックスに関心を持つことをも強いているんだということを学んだのです。さらに加えて、Aセクシュアルの人は、恋愛やセックスに関心があるレズビアンやゲイや異性愛の人とは異なっています。そのため、Aセクシュアルの人は、相手の人の性別に特に関心がありません。この点に於いて、つまりジェンダー/性別との距離という点に於いて、Aセクシュアルの人々はバイセクシュアルの人と似ているかもしれないとわたしは思いました。

 特に、人が何かを他者に一生懸命説明しようとする時にこそ、例え誰も悪意を持っていなくても、人は間違いをおかしたり失敗したりします。わたしはこのことを、ある種のゲイの活動家のことを通じて先ほどお話ししました。しかしわたしは、これは私自身のことでもあるということに気づかされました。恋愛やセックスに関心を持つということは全ての人にとって当然のことだ。わたしもまた、この種の間違った仮定を広める一翼を担ってしまっていたのでした。

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 例え少数派のコミュニティーの内部に於いても、内部の少数派に対する差別が存在し得ます。簡単で単純な説明は、肯定的な側面と否定的な側面の両方を持っています。もし何かの運動が誰かにとって必要だとしても、時にはその運動が他者に対する抑圧になることもあります。誰も何の悪意を持っていなくても、です。私たちは皆、気がつかないうちに間違いをおかす可能性を持っているのです。「男女という制度」に関わる活動を通じて、わたしはこの種の教訓を学びました。そしてこれらの教訓は、わたしが他の問題についていろいろ考える時の、とても有効な道具になりました。

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■パレスチナ

 オーケイ、では話題をパレスチナに変えましょう。
 私は2002年に国際連帯運動(ISM)に参加しました。二年前のことです。ISMは、パレスチナ人の活動家、イスラエル人の活動家、米国のユダヤ人の活動家によって組織されました。私が二年前に参加した時は、アイスランド、デンマーク、オーストラリア、英国、米国、ヨルダンからの人が来ていました。
 私は、西岸地区のナブルスのそばにあるバラタ難民キャンプに行きました。しかし運が悪いことに、たった24時間後に、私を含む8人はイスラエル兵に逮捕されたのでした。イスラエル政府は私たちを強制退去処分にすることにしました。しかし8人のうち、私を含む3人は強制退去処分を受け入れず、裁判所に訴えたのです。第一回公判で私たちは保釈金を積んで保釈されました。しかし最後には私たちは裁判で敗訴し、強制退去されたのでした。保釈されてエルサレムに滞在しているその間に、私はテルアビブで行われたプライドパレードに参加する機会がありました。

■ISMについて

 ISMは非暴力直接行動に基づいて活動します。ISMのホームページにはこう書いてありました。
「それが誰であれ、いまここにいてくれることを私たちは必要としている」
「目撃証人になろう」
「町や村、難民キャンプの中で民家に滞在することで、民間人に対する保護を提供しよう」
「E-mailやインターネットを通して、カメラやビデオや日記を書くことを通じて、事実を記録することを助けよう」
「パレスチナであなたに会えることを切望しています」
 私は日本のクイア活動家に過ぎず、アラビア語も話せず、医学の技能もありません。なので「パレスチナの人に対して、私が一体何ができるの?」。私は、ISMの足手まといになることを恐れていました。でもとにかく、ISMは「おいで!来て!」と言っています。そこでわたしは行くことに決めました。もし私がISMの足手まといになったのなら、いずれにせよいつでも私は帰ってこれるのです。
 私がISMに参加しバラタのパレスチナ難民キャンプに行ったあとで、パレスチナで目撃証人になることは、ただそれだけでとても積極的なことで価値ある行動だということを私は理解しました。
 イスラエルの占領下にあるバラタ難民キャンプでは、イスラエル兵士たちは難民の家や壁を破壊していました。家具を破壊していました。ISMの最初の組織者の1人であるネタ・ゴランは、兵士たちの家屋破壊に抗議をしました。「あなたはどうしてこの壁に穴を開けるの?あなたがもしこの家に入りたいのなら、入り口から入ればいい。もしあなたの家がこんな風に破壊されたら、あなたはどう思うの!」
 私は始めびっくりしました。というのも、ネタは兵士に対して、まるで街で市民に話しかけるように話しかけていたからです。兵士の多くは10代後半から20代前半です。ネタは、そんな若い兵士一人一人に対して、直接、家や家具を破壊する理由を尋ねていたのです。そして問いつめられた兵士はこんな風に答えるしかありません。「私は、不必要に家具を壊したりなんかしていない。そういうことをする兵士もいるかもしれないが、しかしとにかく私は壊していない」。こうして私は目撃証人とは何であるかを知り、ISMが何をしているかを知ったのです。
 戦車が走り回り、マシンガンが鳴り響き、兵士たちが占領をする外出禁止令下の戦場において、非武装のインターナショナルズ(Internationals/ISM参加者のこと)が、まるで単なる観光客であるかのようにうろうろ歩き回ります。そして、兵士一人一人に対して、個人として、敬意をもって尋ねます。「あなたはどうして他人の家を破壊するの?」。東京やニューヨークやテルアビブにおいて間違っている行動は、ここバラタ難民キャンプにおいても間違った行動なのです。例えそこが戦場であったとしてもです。このことは、なるほど当然のことです。
 どうして戦場では私たちは物事の基準を変えなくてはいけないの?
 どうして戦場だからといって、間違ったことを受け入れなくてはならないの?
 例えそこが戦場だからといって、何かが特別に許されることはありません。
 もちろんこのメッセージは、兵士に対してのものだけではなく、私たちに対してのメッセージでもあります。

■目撃証人の意味

 私たちインターナショナルズ(国際活動家たち)が路地を歩いていると、たくさんのパレスチナ人が私たちに話しかけます。そしてこう言います。「ちょっと見てよ!この穴は昨日兵士に開けられたんだ!」「このめちゃくちゃにされた部屋を見て!」「写真を撮って世界の人に見せてあげて」。そしてこうきます。「うちに来て夕食を一緒に食べない?」「もしよければ私のうちに泊まっておいき」。
 ISMのホームページにはこうありました。「難民キャンプの中で民家に滞在することで、民間人に対する保護を提供しよう」。しかし私は何のことか意味が分かりませんでした。単に泊めてもらうことが、どうして「保護の提供」になるの?しかし私は、バラタで分かったんです。インターナショナルズの目があると、イスラエル兵は一層悪いことがしにくくなるのです。私は思い出します。1982年のサブラとシャティーラでの虐殺は、外国人たちが撤収したあとで実行されたということを。ジェニンの虐殺についての国連の調査団がイスラエル政府によって入国を拒否されたことを。
 もし目撃証人がいないと何が起こるか分からない、という人々が抱いている恐れを私は知りました。目撃証人というのは、単に見ているのではありません。それは、公平な第三者の位置から積極的に真実を見ることなのです。
 そして私は、この時、何が起きているのかを理解しました。例えば、誰かが教室でゲイとしてカムアウトした時、その人はかなり中立的な反応や、無関心といったものに囲まれることが日本では多いでしょう。しかし運が悪いと、たちの悪い同性関係嫌悪によって攻撃を受けることもあるでしょう。そんな時、周りにいる人たちがその攻撃を見て見ぬふりをすると、攻撃はエスカレートしかねません。しかしそこに、第三者の位置から「あなたは何をしているの?なぜあなたはそんな攻撃をするの?」とはっきりと言う人がたった一人でもいてくれたら、どれほど状況がましになるでしょう!
 私は私自身の経験を思い出します。目の前で起きた出来事であるにもかかわらず、全く見なかったこと聞かなかったかのような態度を人々がとる、そんな現場に居合わせた私の経験を。そして、私自身が、本当に目撃証人になってくれる人を必要としていた時のことをもまた、思い出します。
 パレスチナにおいて目撃証人が切実に必要とされているということを、私はこんな道筋で、心底から理解したのです。私が日本の毎日の生活の中で目撃証人を必要としているように、パレスチナの人々も目撃証人が必要なのです。

■Palestine問題とりあえずの結論

 それだけでなく、インターナショナルズ(国際活動家たち)は、必要な時に食べ物や薬を運んだりもしました。というのも、複数のパレスチナの都市は占領されており、人々は街路を歩き回ることを禁じられているのです。例え負傷していたり、病気であったとしても、人々は病院にも行けません。というのも、もし病院に歩いていこうものなら、イスラエル兵に撃たれかねないからです。ですので、先進国のインターナショナルズがパレスチナ人を取り囲んで人間の楯となり、一緒に病院まで行くのです。
 もし先進国のインターナショナルズが兵士に撃たれたら、それは大きな国際問題になるでしょう。パレスチナ人はいとも簡単に殺されますが、先進国の市民はそうではありません。もちろん、こういった事実こそが問題です。しかしいずれにせよ、そしてだからこそ、私たちインターナショナルズはパレスチナ人の周りにいることにしたのです。
 こういった活動の全てを通じて、イスラエルがいま、パレスチナを侵略し占領し植民地化しているということを、わたしは明確に理解しました。正確に言うなら、いま「イスラエル国家」だといわれている全ての場所もまた、占領された場所なのです。

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■Palestine問題の考察

 パレスチナで何が起きているのかを知ったあとで、私は考え始めました。どうしてこんな不正義が、世界において許されているんだろう。わたしは少し考えて、世界の中でイスラエルは例外なのではない、ということに気がつきました。
 確かに、イスラエルがいま、パレスチナを侵略し占領し植民地化しつつある、というのは本当です。しかし例えば、日本もほんの100年か200年前に、同じようなことをしたのでした。
 わたしは、朝鮮や中国やその他の国に対する侵略のことだけを言っているのではありません。日本は、アイヌモシリや琉球も、侵略したのでした。
 だいたい100年くらい前、いまでは日本の北の方の一部分になっているアイヌモシリを、日本は侵略しました。そこにはアイヌと呼ばれる先住民が住んでいました。そしてもちろん、アイヌはいまでも日本に住んでいます。しかし、日本政府は、いまでも決して日本における先住民の権利を認めようとしません。そしていまでも、アイヌの人たちは学校で自身の言葉を学ぶ権利さえないのです。
 日本はまた、だいたい数百年前に、琉球を侵略し占領し植民地化しました。琉球は今でも、まるで日本の植民地のようです。そしてまた、米国の植民地のようでもあります。いま日本には、広大な、そしてたくさんの軍事基地があります。日本にある米軍基地の75%以上が、琉球にあります。日本の本土に住む人々は軍事基地がもちろん好きではありません。そして沖縄に基地を押しつけているのです。
 私は日本のことをお話ししてきました。しかし、アメリカ合州国の全ての土地は、侵略され占領され植民地化された土地だということを、誰でも皆知っています。ここ500年以上のあいだ、そう「コロンブスの新大陸発見」といわれるもの以来ずっと、同じようなことが続いてきました。
 イスラエルは、たったいま、それと同じ事をしています。
 世界においては、そのようなあり方は例外ではないのです。

「強いものが勝つ。勝ったものが正しい」

 これこそが、私たちの歴史でした。
 日本や米国による侵略・占領・植民地化は、いまでも続いています。アフガニスタンやイラクだけではありません。私たちの「国内」においてもまた、そうなのです。
 そう、では一体誰が、安易に、イスラエルだけを非難することができるのでしょうか。
 イスラエルは例外ではありません。私は、イスラエルの占領をやめさせるだけではなく、私たち自身のやり方をも変えることが必要なんだ、と私は思います。

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■テルアビブのパレード

 私は、テルアビブのプライドマーチに参加したと言いました。それはおそらく中東地域で唯一のものです。約15000人の人がパレードには参加しました。私にとって、イスラエルの文化も、パレスチナの文化も、どちらも少しばかり同性関係嫌悪的でした。ですので、そのプライドパレードは私にとってもワクワクするもので、私はとても自由をそのパレードで感じました。たくさんのフロートがあり、人々は音楽に合わせて踊っていました。そう、それは私にとってもいい時間でした。
 しかししばらくして、何人かの人たちが手に2つの旗を持っていることを見つけました。一つはもちろんレインボーフラッグです。そしてもう一つは、イスラエル国旗でした。そしてまた、パレードを主催したグループによって、イスラエル国旗がレインボーフラッグと交互に、道に沿ってたくさん掲げられていることを発見しました。
 私にとってイスラエル国旗は占領の象徴です。私は、刑務所にいる時にそれを見ています。それは侵略と占領のシンボルなのです。イラクやアフガニスタンやそれ以外のたくさんの国において、米国の国旗がそうであるように。そして、アジアにおいて日本の国旗がそうであるように。
 そしてレインボーフラッグもまた、多様性の象徴であり、少数派のシンボルなのです。
 私は混乱しました。どうして人々は、こんなにも違う2つの旗を同時に持つことができるんだろう?
 そして分かったのは、2つの旗を同時に持っていたような人たちにとっては、イスラエル国旗もまた、ユダヤ人のマイノリティー運動の象徴だろうということです。実際、ユダヤ人たちは長い間差別されてきました。そしていまでも、そういう状況は続いています。なので、2つの旗を持っていた人たちにとって、両方の旗はどちらも少数派の運動の象徴なのでしょう。
 私はとても悲しかったです。車でたった2時間しかかからない場所で占領が続いているのに、パレードの中のたくさんの人たちがパレスチナ人のことを無視していたからです。私たち、私たちクイアな人たちにとって大切な運動が、私たちの心の中から占領のことを隠し消し去ってしまっていたのです。これは、本当に「少数派の権利のための」パレードなの?
 私はお話の始めにこういいました。特に人々が自分のことを被害者だと考えている時にこそ、人々は他者の話を聞くことが困難になり、人々は他者を無視しがちである。
 私は、パレードの中のイスラエルの人と、ある種のゲイ活動家が全く同じだと言っているわけではありません。でも、似ているところがある。そしてそういうたぐいの態度というものは、世界中のここかしこにどこにでもあります。
 9.11以降の、アメリカ合州国の星条旗やその旗を持った人たちもまた、イスラエルと似ているように私には思えます。

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■Black Laundry

 しかし、このパレードの中で、数百人くらいの人たちの占領に反対するのグループを見つけたことは、私には嬉しかったです。そのグループの名前は「ブラック・ランドリー(黒い洗濯物)」といいます。
 その人たちはこんな事を言っていました。
「占領が続いている今は、カラフルなお祭りをする時ではない」
「ダイクとオカマたちは占領に反対!」
 そして、レインボーフラッグを白黒にコピーした小さな旗をつくり、パレード参加者に配っていました。イスラエルにおけるクイアグループでしたが、「イスラエルのグループ」というアイデンティティーの持ち方はしていませんでした。

【ウェブ掲載に当たっての日本語読者のための注釈】
 ヘブライ語で「Kvisa Shchora」というこのグループは、英語で言うと「Black Laundry(黒い洗濯物)」となる。ヘブライ語では同じ発音で「黒い羊」という意味もあるらしい。最近ウェブサイトができた模様。ほとんどヘブライ語だけど、少しだけ英語の記事もありました。
http://www.blacklaundry.org/
 なお、2002年のプライドパレードでの写真が以下に掲載されている。
http://barairo.net/special/palestine/photo/blacklaundry/index.html

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 日本にもパレスチナ支援運動があります。そして毎年たくさんの人が日本からパレスチナを訪ねますし、ISMに参加する人もいます。その人たちは、パレスチナで何が起きているのかを知ったあとで、イスラエルやイスラエルの人のことを嫌いになることが多いです。そして、一部の人はあまり深く考えずにイスラエルを非難します。しかし私は、そのような発言を聞くとあまりいい気がしません。イスラエルは、いま、パレスチナを侵略し占領し植民地化を進めています。これは不正義ですし、占領は終わらなくてはいけません。しかし、イスラエルだけが問題ではないのです。日本はどうなのでしょうか?ではアメリカ合州国は?それは、決して過去の問題ではないのです。
 私は、米国によるイスラエルに対する強力な支援のことだけを言っているのではありません。私たちも知っているように、米国の軍隊はアフガニスタンやイラクにいます。その軍隊は何をしているのでしょうか。侵略と占領、そして植民地化は、米国と日本の両方の国において、数世紀に渡って基本的な政治方針であったのです。

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 私がエルサレムの「Woman in Black」に参加した時、正統派の人たち(それは、宗教的に超保守派の人たちのことです)の1人の人がこんな風に言ってきました。
「パレスチナの村では、レズビアンが村人に殺されているよ。それに比べて、イスラエルではゲイの権利はもっと受け入れられている。あなたはどうしてパレスチナの応援をするのか?」
 この人は事実を話していました。私は、同じ事を「ブラック・ランドリー」のノアンさんからも聞きました。
 では、侵略や占領は、こういった事実によって許されるのでしょうか。私は、違うと思います。もし「だから許される」ということになれば、それは、アメリカ合州国でたくさんの憎悪犯罪が起きていることをもって、米国が再び侵略され占領されるべきだ、ということになります。占領と憎悪犯罪は、別々に考えられるべきです。そしてそのいずれもが、なくなるべきなのです。
 完全に無罪な人はいません。誰でも失敗を犯す可能性があります。イスラエルはとても悪い国のように思えます。しかし、それは私たち自身のことなのです。
 日本と米国は、歴史的にも、そして現在においても、イスラエルのような侵略国家なのです。しかしだからこそ、私たちは、侵略・占領と植民地に反対する私たち自身の意志を表現する必要があります。私たちの社会の内部において、そして私たちのコミュニティーの内部においてです。イスラエルにおいて「ブラック・ランドリー」の人たちがしていたようにです。米国と日本の侵略に抵抗することは、私たちの責任だと私は思います。

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■最後の話題

 数日前、一人の日本人が米国で飛行機に乗った時に、英語の練習のために「suside bomb(自爆)」と書きとりをしました。それが飛行機の乗務員に見つかり、するとその飛行機はもと来た空港に引き返し、そしてその日本人はしばらくのあいだ逮捕されました。
 私はこの事実を知った時、とても驚きました。ただ単に「suside bomb(自爆)」と書きとりをしただけです。何が問題なんでしょうか?もし大きな恐れを抱いたのであれば、直接本人に尋問し、荷物検査をすれば十分です。なぜその人は逮捕までされまくてはいけないのでしょうか。私は、米国の人たちは過剰反応をしているように感じました。
 お願いですから、過剰反応をしないで下さい。Please Don't Panic!(パニックにならないで下さい!)
 「殺されるかもしれない」「攻撃される危険性がある」こんな風に言う人がいるかもしれません。
 もう少し考え直してください。そのような言葉は、まず始めに、イラクやアフガニスタンの人々の言葉です。米国におけるアラブ人や非白人の言葉です。そしてキューバにおけるグァンタナモ米軍基地に収容されている人の言葉です。
 Please Don't Panic!(パニックにならないで下さい!)
 もちろん「Don't Panic!」というのは、有名なTシャツのブランドの名前です。「Don't Panic!(パニックにならないで!)」ということこそが、私たちのやり方であるべきです。自分たちのことだけを考えるというのは、私たちのとるべき道ではありません。これが、今日の結論です。

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 お話を聞いて頂き、ありがとうございました。何か質問があれば、聞いてください。JUNさんが通訳をしてくれます。

(質疑応答の時間)

 私は、10日の朝までミネアポリスに滞在します。ですのでもし私に関心を持ってくれたら、私をつかまえてください、お話をしましょう。(そして可能ならもっといろいろと...)
 私のウェブサイトには英語のテキストもあります。バイコンのウェブサイトからリンクをたどって来てみてください。
 繰り返しになりますが、お話を聞いて頂き、ありがとうございました。

(おしまい)

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【米国便りのバックナンバーについて】
・私のサイトに掲載を始めました。
http://barairo.net/UStour2004/
・メールグループのwebサイトから読むことが出来ます。
http://groups.yahoo.co.jp/group/barairo510/
・webアクセスが困難な方は、直接ひびのまでお問い合わせ頂ければ直接お送りすることも出来ます。

投稿者 hippie : 2004年9月 6日 18:17 | トラックバック
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