パレード以後の動き

 ここに掲載したのはわたし、ヒッピーの周りで起こったいくつかの動きでしかありません。東京でも何か動きがあるらしいですし、わたしの知らないところで何らかの動きがあるのは当然のことで、かつとてもうれしいことです。その点、誤解なきよう!(年度はすべて1996年)

9月前半、
■実行委員である田中玲子とOLPは、パレード事務局にFAXでそれぞれパレード後9月中に行なわれる予定の「レズビアン・ゲイ・パレード総会」の日程の問い合わせと参加の意思表明をするが、97年1月1日現在未だ回答はない。
■「磯貝パレード実行委員の『レズのくせに…』発言に関する要望書」の賛同署名を集めはじめる。

■9月4日
大阪府下個人宅にて「パレードを考える会(仮称)準備会」が開かれる。ゲイフロント関西・OLP・ヒジュラ日本・プロジェクトPなどから合計16人が参加。パレード当日のビデオを見て、意見交換する。以後は、97年1月1日現在、このミーティングは開かれていない。

■9月22日
『ADON#11月号』(編集発行人:南定四郎/編集次長:磯貝宏/発行:砦出版)発売
「特集・第3回レズビアン・ゲイ・パレードで何が起こったのか?」において、磯貝宏実行委員、南定四郎実行委員等によるOLP等参加団体・参加個人に対する誹謗中傷記事が掲載される。

10月
■「第3回レズビアン・ゲイ・パレード in TOKYO 」を素材として、パレードのもつ様々な可能性と問題点を広く話し合うために、「『第3回レズビアン・ゲイ・パレード in TOKYO 』についてのビデオ・レター・プロジェクト」が発足。96年度中をめどに、「『第3回レズビアン・ゲイ・パレード in TOKYO 』についてのビデオ・レター」の制作の予定。メンバーは、竹岡 篤永・日比野 真・田中 玲子・トダ タカコ・LUKA。

■10月22日
「磯貝パレード実行委員の『レズのくせに…』発言に関する要望書」を実行委員会宛に郵送するが、11月6日に「不在のため郵便局に保管しましたが、保管期間を経過しましたので、お返しします。 〒162 牛込郵便局」との付箋付きで返送されてくる。仕方がないので、11月7日、FAXおよび電子メールで再度実行委員会に署名要望書を送る。

■10月30日
京都精華大学において南定四郎さんが講義をするという情報を得たので、田中と日比野が出かけていき、穏便にお話しすることを求めたが、断られる。

■11月2日
札幌ミーティングが「第3回レズビアン・ゲイ・パレードにおいて発生した一連の事件に関する札幌ミーティングの見解」を発表。

■12月15日
ゲイフロント関西運営会議が「第3回L&Gパレードについて」を決議。

その他ここには記載しませんが、プロジェクトPの公開ミーティングやゲイフロント関西の例会、大阪で開かれた「関西ウィークエンド」や埼玉の「ウィークエンド」などでもパレードに参加したメンバーが各自の責任と立場でパレードの報告や討論を行っている。それ以外にも、もちろん「継続委員会」のメンバーが関わるグループや、もっと小規模でいうなら友達同士やいろいろなグループでもおそらく様々な形で報告や討論が行われているのは間違いありません。単にパレードに参加するだけでなく、主体的にパレードのあり方を考えようとする人が増えることは、とてもいいことだと思います。しかし、それらの動きをを網羅しようとしたり、それらを一つの「同じ」動きとしてみようとするのは所詮無理なことです。大事なのは、そういったそれぞれの違いの顕在化をこそ支援しながら、パレードを、人々が出会っていくきっかけとしていくことだと思います。(日比野 真)

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