“私はテロリスト…。” への2件のフィードバック

  1. ペニスは解剖学用語ですが、マンコは隠語です。
    男性性器と女性性器を比べるならば、ヴァギナが適当だと思います。
    女性性器のみに隠語を用いてしまうと、女性差別にとられかねないと思いますが。

  2.  なるほど、そうですね、確かにそういう側面もありますね。
     ただ日本語にはない発音である「v」を含む英語の「ヴァギナ」はそもそも発音しにくく、また英語に特に精通している人以外には「ヴァギナ」(もしくは「ワギナ」)は日本ではあまり使われていないという印象がわたしにはあります。どうでしょうか。
     ですので、もし「そろえる」というのであれば「ペニスとヴァギナ」ではなく、「チンコとマンコ」「チンチンとマンコ」のほうがいいかなと思います。

    ●「マンコ」について
     わたしが「マンコ」を使うのは、わたしの周りのフェミ系やクイア系の女性器を持った「女性」たちが、かなり自覚的に「マンコ(もしくは、まんこ)」という言葉を使おうとしていることの影響を受け、かつ支持しているからだと思います。「ヴァギナ」は「ヴァギナ・モノローグ」という本のタイトル以外ではほとんどみかけないです。(「ヴァギナ」は、最近のフェミ/第3次フェミニズムやクイア系のように性についてのあけすけで率直なやりとりは好まないが、しかし「女性の権利」は一応尊重するという、1世代前の人達が使っている言葉だという印象があります。実際はどうなんでしょうか?)
     ご指摘の通り「マンコ」は隠語、というより正確には、「女性器/女性器を使うセックス/女性」に対する蔑称的な意味やニュアンスが伴っている場合があると思います。だからこそ、「マンコ(「女性」の体の一部)」を、蔑称や隠語としてではなく、肯定的な意味の言葉として改めて獲得するために、はっきりと「マンコ」と外に向けても言い切っていこうという動きです。昨日まで開催された関西クイア映画祭でも、「まんこ踊り」というタイトルの映画を上映しました(http://kansai-qff.org/japanqueer/naniwa.html)。「まんこ」という言葉を公の場で自覚的に使っていくことで、意味とニュアンスを作り替え、言葉を取り戻し、そして現実の社会を変えていく事を意識的に狙った作品でした。
     日本に女性差別的な状況があるからこそ「まんこ」が否定的なニュアンスを持たされているのであり、だからこそあえて「まんこ」を肯定的もしくはニュートラルな形で使うことで、言葉の意味と社会の状況を変えていこうというアプローチは、わたしには共感できるものです。

    ●「ペニス」について
     わたしがゲイコミュニティーで話したりものを書いたりする時に使っていた言葉が「ペニス」なので、そのまま使っています。
     「マンコ」とは異なり、「チンコ」にはほとんど侮蔑的な意味合いを感じません。これは当たり前で、日本社会が女性差別だから、男性器の呼び方には特に侮蔑がないのだと思います。それ故、「マンコ」のような自覚的な意味の作り替えも必要がなく、「チンコ」も「そのまま」使えてしまいます。ですので、「チンコとマンコ」と書いたところで、男性器と女性器の社会的な扱われ方の非対称性の感覚は残ります。
     ただ基本的に、英語ではなく日本語を使いたいというわたしの方針もあり、「チンコ」「ちんちん」が全く問題なく使えるようなら、「ペニス」よりもいいですね(「ヴァギナ」への違和感と同じ理由)。また、「ちんちん」ではなく「ペニス」という言葉を使っていた私自身の中にも、和語ではっきりとものを言うことへの躊躇というか恥ずかしさがあったのかもしれません。その意味では「マンコ」を使おうとしている人達と同じような方向での私自身の「解放」が必要なのかも。
     ということで、これからしばらくは「ぺにす」ではなく「チンコ」「ちんちん」を使ってみて、自分自身になじむかどうかを検証してみたいと思います。
     コメントをありがとうございました。おかげでもう一度丁寧に考えることができました。

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