“みんな”で、“対等なかたち”で、パレードを!(その7)

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例 【(その1)コメント12】

●はじめの書き込み
  “みんな”で、“対等なかたち”で、パレードを!(その1)

“みんな”で、“対等なかたち”で、パレードを!(その2)
“みんな”で、“対等なかたち”で、パレードを!(その3)

“みんな”で、“対等なかたち”で、パレードを!(その4)

“みんな”で、“対等なかたち”で、パレードを!(その5)
“みんな”で、“対等なかたち”で、パレードを!(その6)

● “みんな”で、“対等なかたち”で、パレードを!(その7)(このページ)

““みんな”で、“対等なかたち”で、パレードを!(その7)” への20件のフィードバック

  1. 日比野さんの行為は
    せっかく出始めた芽を摘む行為と感じます。
    何故、これだけの議論をヘテロと出来ないのですか?
    ヘテロはあなたの声に耳を傾けないのでしょうか?
    誰と話し、誰とともに歩いていきたいのですか?

    私は日比野さんと歩きたくない。
    日比野さんが歩くならレインボーパレードを歩きません。

  2. 建設的に考えていきましょう。

    ぼく個人としては、ゲイ&レズビアン・パレードでもクイア・
    パレードでも名前はなんでもいいわけです。
    あとは、実行委員会がどういう判断をするのか、というのを
    見守ればいいんじゃないでしょうか?

    コンセプトとして、「セクシュアリティの多様性をセレブレイトする」
    という要素が強いと実行委員会が判断すれば、名称は変更になるでしょう
    し、「同性愛者としてのアイデンティティを賞揚し、法的・社会的な保障
    など同性愛者がよりよく暮らしていける社会を構築できるよう、同性愛者
    を可視的な政治的存在としてアピールをする」という要素を強調するなら
    ば、現行の名称でいいんじゃないでしょうか(バイセクシュアルもそのコ
    ンセプトに賛同して、同性のパートナーができたときに備えればいいわけ
    だしね)。いずれにしろ、今年のパレードの中心人物がやってくれるわけ
    だから楽しいパレードにしてくれると思いますよ。

    あとは、今後、来年のパレードに向けての組織作り、
    企画立案などが徐々にはじまってくると思います。
    そこで来年以降のパレードをどういうコンセプトに
    していくのかというのが固まってくれば、自然と決
    まってくると思います。

    名称についての両陣営の言い分は伝わったはずです。
    判断の材料は出揃ったと考えて、あとはおまかせしましょう!
    ただでさえ忙しい実行委員のみなさんを、こういう冗長な
    ブログの書き込みでまどわせては申し訳が立ちません!

  3. 日比野氏が嫌いってのと、日比野氏が言っている内容がどうこうってのをわけないと、日比野批判の言説が全部ウソ臭く聞こえるんだけど。

  4. >建設的に考えていきましょう。

    散々、過剰に感情的で非論理的、非建設的な議論をふっかけてきていたのは玉野氏なのに、いまさらそんなこといって恥ずかしくないのですか?実行委員会まかせというスタンスをとるのであれば、日比野氏の批判に対しても最初から何も言わなければよかったじゃないですか。

    より良いパレードを開催するためには活発な意見交換が必要不可欠なことと思われますが、一般「ゲイ」からの意見、要望を封じ込めているのは、傲慢な態度をもって他者の意見を聴こうともしない、永易氏や玉野氏のようなお局ゲイの存在によるところが大きいということは、お気づきになっていないのでしょうか。同じ「ゲイ」という立場で括られてしまう自分としては、すべての「ゲイ」が玉野氏や永易氏のような狭量で傲慢な人間であると勘違いされることはとても耐え難いことです。

    そもそも、東京に住んでいる若い世代のゲイの視点からみると、パレードなんてあっても無くなっても正直どうでもいい話です。ちょっと人より頭が切れ、将来的にパレードの運営を担っていけそうな人たちが、ここのサイトにおけるやりとりをみたとしても、積極的にパレードに関与したいとはおもわないでしょう。先人の行ってきたことに対して敬意を払うことは大切なことと思いますが、時代の流れに鈍感な先人達の存在はただただ疎ましい限りです。

    人間、年をとるとどんどん偏屈になっていくものかもしれませんが、まだ見ぬ夢のゲイコミュニティ建設に対して本気で何らかの貢献をしたいと考えるのであれば、自らの傲慢な態度を改め、異なる立場をとる人々の声を聞き取ることのできるコミュニケーションスキルを獲得することが必要かと思います。いい年こいた大人達が、他人を無意味に批判して自分探しに躍起になっている様子は傍からみて見苦しいですよ。

  5.  残務整理的に、目に付いた日比野さんの文章のつじつまの変なところ、気になったところを私なりに片付けておきます。(日比野さんの文章の中の理屈の駄目なところを挙げる訳で、どうしても結果的に日比野さん個人への悪口めいた指摘になることを最初にお詫びしておきます。しかし、それにしても「若い方」からの批判は痛烈ですね)。

     まず、その6の1番目の日比野さんの投稿から。
     takashiさんが温厚な文章を書く方なので日比野さんも気が緩んだのか、この投稿は特に理屈の無駄なループ、論理の繋がりのミスが多いです。
     以下具体的に。

    【その6の1より】
    >砂川さんとのやりとりにおいては礼儀正しくやりとりができているにもかかわらず

     日比野さんはこの砂川さんに対しての「礼儀の話」をよく持ち出しますが、誰も、日比野さんが砂川さんに対して無礼な人間だというような論旨で責めてはいません。なのにもう6回ぐらいループさせてませんか?
     日比野さんがこの議論の中で批判されているのは、おそらく「礼儀」とは関係ないですし、冷静な態度で今の議論の進行をちゃんと続けようとしている日比野さんは十分礼儀正しい方だと思います。ただ、何かの抗議運動やクレーム運動などで、礼儀正しく言えばなんでも相手に伝わるか、というと必ずしもそうでもないのはそれもまた常識というか当たり前のことです。
     常識で考えた時、普通で当たり前でプレーンなことなのに、日比野さんの文章の中では、独特の意味の重大さを持たせて拘っている、という、常識的にみてバランスの悪い主張文も多いのです。


    【その6の1より】
    >外野のゲイの人達が過剰に反応して、「パレード批判はゆるさん」とでもいうような極端な反応が見られることです。

     私は「パレード批判は許さん」的なことは言ってないけどなあ。むしろ、どうせやるならもっと上手く、有効的に、魅力的に、がんばってやってください、という立場です。そして味方が少なかったり、反対者が多く現れたりしてもそれはあなたの腕次第、前向きにがんばって下さい、という気持ちです。それは伝わっているのでしょうか…?
     あと、敵対意見の人間を「外野」と形容するのは、日比野さんご本人の、『みんなで、対等なかたちで』の運動ポリシーには似合わない気もしますが。「パレードの外野」と言われた事への復讐なのでしょうか?議論の勝ち負けに拘るあまり、ご自身の思想的、信条的後退になりませんように。それがまた、場面ごとの使い分けだとすると、論者の姿勢としては少々見苦しいです。


    【その6の1より】
    >社会的に責任のある企画をする時、やっている個人と組織とを、厳密に区別することは、組織運営の基本です

     ここは、日比野さんのその投稿の理屈面で一番上手く繋がっていない部分です。
     その「ある企画」が「個人のアイデンティティを大事にすることが目的のイベント」だった場合は、日比野さんの言う会社組織的な原則論は上手く当てはまりません。なぜならゲイのイベントやパレードは、そうしたセクシャルマイノリティーとしての同性愛者の、個人的な動機や情念の表明、または昇華の場であることが多いからです。ただの「会社」や「役場」の仕事場とは違います(「場合分け」と「TPO分析」が出来ていないということ)。
     
     第一それ以前に、そんなどこかの会社の社訓や公務員の倫理規定みたいなお話(日比野さんのお話)と、組織の成立過程論(takashiさんのお話)は全然違いますよ。意図的かどうかはさておき、両者を混ぜてはいけません。よって日比野さんの上の文章は、takashiさんへの反論になっていません。


    【その6の1より】
    >わざわざ外野のゲイたちが「決定権はTOKYO Pride」と騒ぐのは不思議です

     「外野のゲイ」と言う言葉がまた出ましたね(お気に入りの言葉のようですね)。
    しかし「外野同士」ならば、なおさら「私たち」は対等です。別に議論の勝ち負けなどどうでもいいことですが、お互いのスキルで閲覧者や仲間にそれぞれアピールすればいいことです。そういう「外野」同士のやり取りを見て、「TOKYO Pride」の人達がもしかしたら今後の参考にしてくれるところもあるかも知れません。

     あと、「決定権はTOKYO Prideにある」、その当たり前のことを最初にすんなり理解していなかったのは日比野真さんご自身でした。ですから、むしろ長時間騒いでいたのは日比野さんで、「外野のゲイ」があなたに丁寧に(時には意地悪気味に)「決定権はTOKYO Prideにあるんだよ、どうして君はそれがわからないの?」と教えてあげているうちに(日比野さんが結構頑固一徹な方なので)、ブログ7ページ近くにもなった、というのが正しい経緯ではなかったですか。


    【その6の1より】
    >不適切なネーミングを「決定」しているから、こうやって問題になっている訳です。決定権があるからと言って、なんでも好き勝手にできる訳ではありません。

     日比野さん、ここはまた完全にループしていますね。

     まず、

     「決定権は主催にあります。ということは勿論、「好き勝手」に決める権利も主催にはあります」、そこはいい加減に「日本語として」理解してください。

     次に、
     
    「決められた内容に文句を言う権利は誰にでもあります。でもその文句が受け入れられるかどうかは、『文句の内容が適切かどうか』や『申し立て者の意思伝達スキルや発言に説得力があるかどうか』などによって、受け入れられる時もあれば、受け入れられない時もあります」
     

     そして、
     「日比野さんが『不適格』と決めていることを、別に不適格とは思わない意見の人も居ます」

     そうして主にこの上の点で議論が行われている訳です。ならば、内容論でも組織論の話でもどちらがどの話をしようと別に有利も不利も関係なく、構わないのではありませんか?

     とにかく前提(上の二つ)はこんなにシンプルなのですから。
     更にショートカットすると、「決めるのは主催。外の意見は通ることもあれば通らないこともある。通らなくても恨まない(泣かない)」これだけですよ。
     
    なんでこんなただの「前提」のところで、この日比野氏ブログの議論はずっと止まっているのでしょうか?


    【その6の1より】
    >「バイセクシュアル・アイデンティティー」の構築にはほとんど関心がありません
    >誰かやる人がいたら、参加も応援もするよ~という感じかも。

     情熱的でアグレッシブな『名前変えろ運動』と比べて、ずいぶん「バイリブ」ではテンションが低いのですね…。意外です。


    【その6の1より】
    >エネルギーとか、大変さとかを言い立てる方は結構おられますが、コミュニティーの中で「ゲイのワガママ」を指摘することも、同じような言い方をしてみるなら「ものすごいエネルギーが必要です」。
    >(中略)同じように敬意を払って欲しいものです
     
     同じようにものすごいエネルギーを使って、実際にパレードを作ってくれる人と、ブログで自説を唱え続ける人を比べたら、私はやはりパレードを作ってくれる人の方がエネルギーが前向きなので好きです。
     ここで日比野さんが形勢逆転出来るのは、その唱える主張や提案がとても明快で(別に複雑精緻な大理論でも構いませんが)、とにかくみんなの役に立つ有益な意見を出す場合だと思うのですが…。
    日比野さん側の「セクマイ内差別に注意しよう」という主張はとてもいい話なのに、なぜ日比野さん個人の東京パレード改名要求の話になると急に無理難題の吹っかけっぽく聞こえるんでしょう?


    【その6の1より】
    >わたしがたった一人で実行委員会に質問をしただけで、

     これは日比野さんの現実認識が少々間違っております。
     質問状の段階では、昔から知ってる人は「また同じことが…」と思っただけです。「その後」のこのブログ上での議論の対応がひどく不器用で、何時まで経っても前向きな実りや合意を何も生もうとしないから、主に「ゲイ側」からの批判が重ねられているわけです。
     また、「嫌がらせ」「攻撃」というような、被害者意識、弱者意識の発露もほどほどに。


    【その6の1より】
    >ノンゲイの発言と顕在化を妨げている原因です。自由にものを言ったり、お互いのあり方を見つめ直すような環境ではないですよ、これは。

     こういう言い方も日比野さんはよくされますが(5回目ぐらいですか?)、自分以外はゲイからの圧力に負けて何も文句を言えない弱虫の集団で、自分だけはゲイに負けずに好きなように主張できるセクマイ界の英雄、という風な日比野さんの無意識の自己イメージの投影のようにも感じられます。この件に関してだけは、議論の中身の出来の良し悪しと関係なく、傍目ながらも正直、私は不快です。自分の仲間を、同じ立場の人達を、自説の補強のために一くくりにそういう「弱者」扱いするのはとても下品な発想だと私は思いますが。


    【その6の1より】
    >ノンゲイは、ゲイの利害を支援するために参加するのではありません

     これはとても駄目な失言ですね。口が滑ったのでしょうか。
     「ゲイパレードに参加はするけど、主旨である同性愛者への応援はしない(でも参加するから言いたいことを言わせてもらう)」と言う意味の発言は、もう絶望的なぐらいに駄目人間的な発言のような気がしますが……。気付いてますか、ご自分で?
     
     今までの東京や札幌でのパレード参加も本当にそんな魂胆だったのでしょうか?日比野さんはお話はなかなか通じなくても根は真面目な方だと思っていましたので、これはその通りの意味なら非常にがっかりな発言です。こんな心根では、日比野さんが前に言っていた「各参加者が主体になる」という理念の話にもなんにもなってないと思います。


    一つ、逆にこちらからの質問のお願いです。

    【その6の21,文末より】
    >社会のマジョリティー(権力者)がマイノリティー(社会的に抑圧されている人たち)の異議申し立てを封じるためによく使う言葉である「原理主義」という言葉を安易に使ったりもしていますので

     通常、宗教原理主義カルト団体などがゲイ差別や女性差別等を行う時に「原理思想」を使うことはよくあると思いますが、日比野さんの文章のような逆方向でよく使われている例は、なかなかすぐに思い浮かびません。短い具体例がありましたら、挙げていただいてもいいですか?
     日比野さんの個人思想=原理主義的と批判されてますが、それは社会的な話ではなく個人の問題だと思いますので、社会的な例とでは合わない気もするのですが。

  6.  では一応、自分宛に頂いた返答にも同じ形式で。
     日比野さんから、その6のページで頂いた3番目の投稿への感想や回答です。

    【その6の3より】
    >「マイノリティー/マジョリティー」「多数派/少数派」という言葉は、社会的な力関係の問題として読んで頂くようお願いします。

     女性人口の例やシーア派の例は自分自身あまり思慮が及んでませんでしたので、例題として面白かったです。参考になります。
     でもシーア派の場合でも、実質6割の存在を米軍主導でいかにイラク国内のマイノリティに無理やり収めるか、というところでかなり複雑に紛糾している現状など考えますと、プレーンにそのままの意味での『「マイノリティー/マジョリティー」の問題は人数の問題ではない』の反証例にはぴたりとは合いません。そういう場合は、通常の日本語では「これは逆転例である」という要素付きの扱いですから。
     なので最初はプレーンな例の話が、いつの間に付加要素付きの例の話になったのだろう、という不思議さはありますね(笑)。でも例は面白かったからお礼を言いたいです。

     日比野さんが「『多数派VS少数派』は数の話ではない」と主張されても別にもう構いませんし、これ以上シーア派の話も要りませんが、実際のところバイセクシャルの実数ってゲイ・ビアンより多いんでしょうか少ないんでしょうか?

     これもまた日比野さんは、少数派だから大事にしろと言う時と、実は数は多いのだから無視するな、の両方を議論で使うので結局バイの人は多いのか少ないのかもよく分りません。どなたか具体データをお持ちの人は居ますか?


    【その6の3より】
    >普通はですね、鈍感なゲイの人と話をするのは時間の無駄だからしないのです。かまってあげる価値があると思えない限り、わざわざ出てこないですよ
    >わたしの意見に賛成しない「バイセクシュアル」の人だっているでしょう。
    >議論は、ギャラリーや第三者の書き込みの有無ではなく、論旨の内容を検討することで進めて頂くよう願いします。

     私の質問の「どうして日比野ブログにバイ側の論者が応援に来ないのか」はそういう一般バイの方だけを想定していません。
     日比野さんがいつも自説の中で、自らの闘争の輝かしい成功例として頻繁に挙げる「ラウド」「アニース」「札幌のレインボーマーチ」「関西クィア映画祭」、あと「生まれ変わった?GF関西」のスタッフ達はなぜ応援に来ないのですか、という意味を含めていました。
     そういう組織やイベント団体は、「ワタシの理論に共感してゲイ・レズビアンの看板を捨てクイアやレインボウを掲げるワタシの大切な同志」のような書き方を日比野さんは文中でよくしているので、なぜそこから誰も助けに来ないのだろう?と思ったのです。ある意味、リブの根性や議論上の知識も十分にあるであろう、そうした「同志」の人々が誰も日比野さんを助けに来ないのは何故なのか?と。
     
     いじわるな言い方をすると、そうしたそれぞれのグループ、「ラウド」「アニース」「札幌のレインボーマーチ」「関西クィア映画祭」「新GF関西」の内部で、日比野氏本人と主張はどれぐらいのウェイトを締め、メンバーの中でのポジションはどうだったのか、と暗に問うていた訳です。

     私自身は、日比野さんがよく挙げる「味方」の例「こんなにワタシの同志は居る(だからワタシはこんなに正しい)」というような、そういう「例出し」行為が無意味だと思っているので、そのループを防ぎ、例としての有効性を落とすためにこのような問いかけをしました。
     単純な、「ギャラリーや第三者の書き込みの有無」という話題ではありません。


    【その6の3より】
    >異性愛社会の中での抑圧と闘うだけではなく、レズビアン・ゲイのコミュニティーの中での抑圧とも闘わなくてはいけないのは、かなりの負担です。

     ここで日比野さんが語る、バイセクシャルの方の場合の、異性愛社会の中の社会構造的な抑圧とはどういう状態なのでしょうか?日比野さん自身は今までほとんど具体的に語っていらっしゃらないので気になります。具体的に語るとゲイよりもマジョリティ属性の高いバイセクシャル像も浮かぶので、わざと日比野さんは避けているという疑いもかかっているようですが。
     (でも公平な社会学的アプローチの分析も必要だと思います)。


    【その6の3より】
    >「バイセクシュアル」の運動は、「バイセクシュアル」の運動を主体的に担おうとする人達のものです。もしmasatomoさんが主体的にその意志がおありなら、一緒に議論しましょう

     長い長い日比野さんの文章ですが、最後の結論は「バイ以外はバイ話に口出すな」になっていませんか?主体がどうのこうのと言いながら、結局私がバイ名乗りをしないとバイ話に参加できないと言ってるのと同じになっているではありませんか。

    >マジョリティー(社会的に力を持っている側)であるゲイの人達には、バイリブを主体的に担う意志がないのであれば、バイリブの運動方針には口を出す資格がありません

     「みんないっしょ」を掲げる日比野さんからこのような「一方通行」な決め付けの結論が出るのは不思議です。「主体」という言葉も日比野さんは昨日ぐらいから急に濫用するようになりましたが、ここで使われている意味は、「ホンモノ、当事者」以外を排除するごく狭い意味で、前に日比野さんが使っていた「パレードに参加する意思があれば云々(誰でもみんな主体論)」の時の「主体」とは全然違ってきていますよ。

     また、今のタイミングで日比野さんがこんなことを言い始めても、「ゲイはこれ以上、弱者のバイのワタシの悪口を言うな批判を言うな文句を言うな」と予防線を張って、泣き言を言ってるように見えるだけで損だと思います。


    【その6の3より】
    >大きなこと、目立つことをやっている人だけをありがたがるような権威主義的なものの見方をされる方がおられることは、とても残念です.

     最初に「大きなこと目立つこと=例えばパレード」の問題に、一番拘っていたのは日比野さんです…。
     そして今、「結局大きいことは出来そうもないのか」と遠回しな批判を受けている日比野さんが、このタイミングでこういう文章を書いても、やはり「酸っぱい葡萄」の話のように見えてしまいます。


    【その6の3より】
    >関西パレードの流れの中で(略)以下のような確認がされたことが、その事実を物語っています。

    残念ながら、2000年の時点の、とうに実体の消えた組織の覚書に、もう過去資料以上の価値も意味もありませんよ。
    正直、このめまぐるしく動いている現代で、2000年当時の古文書を自説補強の切り札に持ってくる日比野さんのセンスと時代認識は古いと思います。ネットなどで、随分ゲイ・ビアン・セクシャルマイノリティを巡る世界は変わりました。

    あとひとつ、「ゲイ社会のギョーカイボス云々」も自分の見た印象では、随分90年代的ですね。年齢的な意味での「お局さま」は居ても、「ボス」、「女王」的な存在はもう居ないと思うのですが…。日比野さんが別に「ゲイ業界」の話をしても全然構いませんが、最近の(特に東京などのコミュニティの)実態を、日比野さんは全然知らないのではないですか?どうも日比野さんのイメージの中でのゲイ社会像は90年代止まりで現代的現実的ではないのですけど…。



     最後に一つだけ前向きな議論の役に立てて頂きたい(日比野さんにも目を通していただきたい)材料を。

     単純な機械検索ですが。(アドレスをコピーペーストして飛んで下さい)。
     http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=lesbian+gay&lr=

     こちらはバイセクシャル(bi)も含めて検索しています。
     http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=lesbian+gay+bi&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=

     「件数」の差は重複などもあるので比較の参考にはなりません。でも、どちらの組織やイベントも世界中には随分沢山ありますね。各国に日比野さんみたいなのが居らっしゃったりするんでしょうか…?

     ただ、これらを見て日比野さんは今度は「世界中でバイが差別されている。ゲイは世界の敵だ」と言い出すかも知れませんが、日比野さんの最初の(そして長年の)主張は「進んだ世界と比べて、東京のレズビアン・ゲイパレードの名前は時代遅れ!」だったということは一応釘を挿しておくことにしましょう。

  7. masatomo さん、最初に結論から書くけど、悪いこと言わないから自分のこと「論客」だとか頭イイと勘違いするの止めたほうがいいよ。
    あなたに対する批判が日比野氏以外からないのは、ただ、ただ、物わかりの悪い人を相手にしたくないからだよ。
    日比野氏が日々あきらかにしているとおり、それは時間の無駄だからね。
    以下は最初で最後の親切です。

    あぁ、その前に書いておくけど、わたしは第2回以降の継続的なパレード参加者で、今回「LGP」の看板を変えなかったことについては砂川さんの言い分の肩を持っている。次回以降、クィアでもプライドでも足していけばいい、という立場。
    日比野氏の運動スタイルにはあまり共感していないが、発言の内容は支持できる事が多い。

    > 日比野氏さんの文章の中の理屈の駄目なところを挙げる訳で、どうしても結果的に日比野氏さん個人への悪口めいた指摘になることを最初にお詫びしておきます

    自分の文章表現が稚拙なことを告白した上で人の文章表現を批判するのは論理的におかしい。
    ちなみに稚拙なのは、「理屈の駄目なところを挙げ」ることが、「悪口めいた指摘になる」と短絡しているところだ。
    そして以下は稚拙さの例。

    > 日比野氏さんも気が緩んだのか
    > なのにもう6回ぐらいループさせてませんか?
    > 常識で考えた時~常識的にみて
    > 無理難題の吹っかけっぽく聞こえるんでしょう?
    > 被害者意識、弱者意識の発露もほどほどに
    > (5回目ぐらいですか?)
    > 無意識の自己イメージの投影のようにも感じられます
    > とても下品な発想だと私は思いますが
    > そんな魂胆だったのでしょうか?

    どれも理屈ではなく単なる印象や思い込み、妄想の開陳に過ぎない。
    しかも言葉に価値判断を紛れ込ませた純度の低い言説である。

    >> ノンゲイは、ゲイの利害を支援するために参加するのではありません
    >
    >  これはとても駄目な失言ですね。口が滑ったのでしょうか。
    >  「ゲイパレードに参加はするけど、主旨である同性愛者への応援はしない(でも参加するから言いたいことを言わせてもらう)」と言う意味の発言は、もう絶望的なぐらいに駄目人間的な発言のような気がしますが……。気付いてますか、ご自分で?

    本音が出たな。自分が何を書いたかわかってる?
    同性愛者への応援=ゲイの利害
    とは恐れ入った。

    > 通常、宗教原理主義カルト団体などがゲイ差別や女性差別等を行う時に「原理思想」を使うことはよくあると思いますが、日比野氏さんの文章のような逆方向でよく使われている例は、なかなかすぐに思い浮かびません。

    ……「マイノリティ」の件もそうだが、もっといろいろ勉強してから偉そうなことを書いたほうがいいんじゃないの。
    日比野氏が書いている内容がまったく理解できていないことが明らか。

    だいたい、他人が親切に誤りを指摘してくれているのに

    > 例題として面白かったです。参考になります」
    > なので最初はプレーンな例の話が、いつの間に付加要素付きの例の話になったのだろう、という不思議さはありますね(笑)

    とは失礼にもほどがある。

    > 日比野さんがいつも自説の中で、自らの闘争の輝かしい成功例として頻繁に挙げる「ラウド」「アニース」「札幌のレインボーマーチ」「関西クィア映画祭」、あと「生まれ変わった?GF関西」のスタッフ達はなぜ応援に来ないのですか、という意味を含めていました。

    日比野氏はわざわざ同志を応援を呼ぶような恥ずかしいマネをしない人間だからだ。
    そういう発想をすることがすでに恥ずかしいことである。

    > 最近の(特に東京などのコミュニティの)実態を、日比野氏さんは全然知らないのではないですか?

    わたしは生まれも育ちも東京だが、こういう無意識の東京中心主義には反吐が出そうです。

  8. > 単純な機械検索ですが。(アドレスをコピーペーストして飛んで下さい)。
     http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=lesbian+gay&lr=

    > こちらはバイセクシャル(bi)も含めて検索しています。
     http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=lesbian+gay+bi&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=

    をいをい。「Googleはワイルドカードが使えない(exact wordしかヒットしない)」っていうのは常識じゃないんですか。つまりbiと入れたんじゃ、bisexualにはヒットしないって事だよ。ま、こんな雑なやり方で件数比較しろなんて笑っちゃいます。

  9. >masatomo さん
    >しかし、それにしても「若い方」からの批判は痛烈ですね

    ホント、ロートルとしては痛いばかりです。もっともこの投稿者が若いかたかどうかはわからないのですが。(本当に若いかたなら、頼もしいかぎりです。)

  10. とにかくひびのさんの根気強さにただただ頭が下がります。
    自分のトクになるからではなく、正しいから主張する。
    オトモダチに応援を頼んだり、数に頼ったりしない。
    その他いろいろとにかくかっこいい。
    20年若かったらグルーピーになりたかったです。:mrgreen:

  11. で、パレード名称問題はどうなったのですか?
    本気で検討する気があるのなら、もう今から
    さっさとやってほしいんだよね。>主催者
    時間を区切っておかないと、
    来年も時間切れ(同じ名称のままか、中止のどちらか)になることは目に見えています。

  12. 主催者への注文をここで言うのは筋違いだと思いますが。
    本気でやってほしいなら、主催者にメールで伝えるべき。

  13. >本気でやってほしいなら、主催者にメールで伝えるべき。

    私はどーでもよいです。
    ただ、LでもGでもないわたしは、この名称ならば永久に参加しない!っていうだけの話。

  14. 永易至文さま
    >【(その5)20】
    >いいえ。在日問題を意図しておりません。ドイツ人が日本でパレードをする、でもかまいません(今年は日本におけるドイツ年でおまりますし)。それですと、あなたのの論旨は変わりますか?

    私の勘違いでしたね、失礼しました。でも残念ながら、ドイツ人を当てはめようが、何人をあてはめようが、論旨自体はほとんど変わりません。ただ、私が知らないために具体的な例を挙げることができないまでです。

    >マンセーは北朝鮮的全体主義のイメージを下敷きに日比野さんを揶揄しました。旗と肖像画をかかげるイメージから、文化大革命中の中国をイメージして、日比野主席、万歳(ワンスイ)でもかまいません。

    普段ならいちいちこんな文章に反応したりしないのですが、「ゲイ」と名乗られてる方なので、過剰な期待をしてしまいました。これは明らかに私の「ゲイ」に対する偏見ですね。「マイノリティ」であろうが「マジョリティ」であろうが、自分の加害性に対する鈍感さに差は無い、ということはわかっていたつもりなんですが。「マジョリティ」と同じことをしても、「マイノリティ」に対する失望の方が大きいなんて、やっぱり「マイノリティ」は損ですね。

    って、もう読んでらっしゃらないですよね・・・?;;

  15. ひびのまことさま
    >【(その6)19】
    私も鄭暎惠さんの文章を初めて読んだ時には本当に感動しました。

    >でも、全ての場所でアイデンティティー語を全く使わないのを目指すのもちょっと難しいかもしれません。とりあえず/やむを得ずとして使う時には、「その言葉にアイデンティファイできない人を抑圧するかもしれない危険性」と「アイデンティティー語の使用が暫定的/便宜的なものであること」とを自覚して公式に場で確認すること、その危険性を減らすために具体的に方策をとること、というあたりが現実的かも、という気もします。

    そうですね。難しいですが、そこらへんの議論をもっと深めて行ければと思うのですが。

    >【(その6)20】
    ただ、もし例えば永易さんご自身が朝鮮人であったり、もしくは(在日)朝鮮人の権利のための運動に尽力しておられるとしたら、言い方は雑だったとしてもご自身の位置から「北朝鮮的全体主義」に嫌みを言うことはあり得るでしょう。

    私も実はそこが少し気になっていました。が、そうじゃないと解釈していいの、かな・・??ご本人も「深読み」だとおっしゃってますし。

  16. 実行委はオープンになったようです。
    mixiは建前上、半クローズドなSNS だから、オープンというのはちょっと不正確かな。
    それ以外のところでその旨を広報しているのかどうかは知りません。

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