「男」「女」「性的少数派」を選択肢とする性別欄!!

性別の選択を促す画面

 こんなところにも「性別欄」が。しかも「性的少数派」が選択肢に!
 常設展示に「性的少数者」のコーナーを新設したリバティ大阪(大阪人権博物館)。その展示で見つけた性別欄の問題点を、検証してみます。


「私の価値観と差別」

 リバティー大阪の新しい展示では、「私の価値観と差別」と題して、一人一人の価値観自体を問い返し、生活の中から差別と人権を考えようというコーナーがありました。例えば、結婚をふりだしにして、子どもをたくさん産んで、子育てをすることが女性の理想像として描かれている「子だから双六(すごろく)」などを展示し、どういう価値観が私たちの生活の中にあるのかを考えようとしていました。その感じは、リバティ大阪のサイトからも少しは伺えます。
 このように「生活の中にどんな問題があるのかを考える」というやり方は、はじめは「面白いかも」と思いました。

「フツーの家」から価値観と差別を考える さて、そのコーナーの真ん中に、コンピューターがあったので見てみました。すると、「フツーの家」から価値観と差別を考える、と書いてあります。ちょっとワクワクします。

家庭の部屋の画像 クリックすると、家庭の部屋の画像が出てきます。実は実物の展示でも部屋の模型が展示されておりそれとセットになっているのでしょう。ランドセルとか制服とかも、もちろんあります。

『女の子は、出しゃばらない方がいい』と言われたこと、聞いたこと そして画面のアイテムの一つをクリックすると、例えばこんな統計が表示されます。「『女の子は、出しゃばらない方がいい』と言われたこと、聞いたこと」「『男の子は、そんなことで泣いてはいけない』と言われたこと、聞いたこと」「同性愛に対する意識」などもありました。

「アンケートに答えて統計を見る」をクリック そこで右下の「アンケートに答えて統計を見る」をクリックしてみると…

性別の選択を促す画面 何と、いきなり始めに性別の選択を促す画面です!しかも選択肢は「男」「女」「性的少数派」の三つで、いずれかを選択しない限り先には進めません!

「年齢」「国籍」「職業」まで回答 せっかくなので最後までやることにし、「性的少数派」を選んでみました(笑)すると、その後「年齢」「国籍」「職業」まで回答させられてしまいました。

Q6 『女/男らしさ』という意識はどのような問題を起こすと思いますか? 全てに回答して、初めてアンケートにたどり着きます。その内容の例として、左の画面では「Q6 『女/男らしさ』という意識はどのような問題を起こすと思いますか?」が設問で、回答は以下から選択式です。
「何の問題も起こらない」「女性を差別することになる」「男性を抑圧することになる」「性的少数者を差別することになる」「わからない」。

 正直、唖然としました。「素晴らしい、こんなにも分かりやすくダメダメな表現をしてくれて、いい反面教師として活用できる」と思いましたです、はい。

何が問題なのか

1:性別を聞く事(性別欄)自体の問題

 性別情報は個人のプライバシーです。少なくとも公的な局面では、必要がないときには聞かない、もしどうしても聞くのであれば、その理由を明示して聞く、回答しない人も尊重するというのが、基本的なあるべき態度だと私は思います。ところがこういう認識はまだ社会的には共有されておらず、どこにおいても(例えば社会運動の集会のアンケートとかでも)あまりに安易に性別を聞く/書かせるということがあふれています。性別違和感を一度も抱いたことのない人にとっては性別を聞かれる/回答することは大したことではないでしょうし、何の抵抗もなく質問/回答するのでしょう。
 こういった社会の状況を変えるべく、「(どうしても必要な場合以外は)公的書類から性別欄をなくせ」という運動が行われています。実際リバティ大阪の「性的少数者」の展示コーナーには、関西で取り組まれた「性別記載削除キャラバン(公式な名前は失念)」の時の写真まで展示されていますので、知らなかったということはないはずです。
 しかしこのコンピューターでは、何の説明もなく、まずいきなり性別の選択を促す画面になりました。しかも回答の留保やパスができない設定で、択一式で回答が強制されます。
 もしどうしても性別情報が欲しいのなら、まずその理由を示すべきです。またこのアンケートくらいでは、せめて性別の回答は任意とすべきでしょう。まずアンケート自体に回答させて、そのあと任意で性別などの情報の回答を「お願いする」というくらいが妥当なのではないでしょうか。
 私が最もよくないと思うのは、一方では「性別記載削除キャラバン」の時の写真まで展示しておいて、性別欄に違和感を持つ人たちの味方であるかのようなフリをしながら、一方でまさにそこで批判されているようなことを平然とすることができるというリバティ大阪の無責任と主体性のなさです。もし意見が違うのであれば、それはそれで議論するということができます。しかしこういう無責任で没主体的なことをされると、いかなる話をしても無駄なように思えてきてしまうからです。リバティ大阪は、館として、性別欄や性別を聞くことについてどう考えているのか、見解が知りたいです。

2:「男・女・性的少数派」という選択肢は現実とずれている

 「あなたは男か、女か、それとも性的少数者か」と、どれか一つだけを選ぶこの選択肢では、「性的少数派」は「男」でも「女」でもない、と主張していることになります。言い換えると、ゲイやレズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックスなどは、「男」でも「女」でもない、とリバティ大阪は考えていることになります。
 確かにLGBTIは「典型的な男性」「典型的な女性」ではないかもしれません。しかし実際には、多くのLGBTIは自身のことを「男」もしくは「女」であると認識していますし、また「男」「女」として生活しています。この展示のような選択肢の場合、そういう人たちは何を選べばいいのでしょうか。
 リバティ大阪側の意図が、「性的少数者を尊重したい」というものであろうことはよく分かります。しかし残念ながらそれは完全に的はずれな「配慮」なのです。
 性的少数者には、私のように自分のことを「男でも女でもない」と考える人は確かにいます。しかし少なくとも今は、そうではなく自分のことを「男である」「女である」と思っている性的少数者もたくさんいます。人々が「男」「女」といったアイデンティティーを持って「男として/女として」生きることをことさら促し+強いる社会を変えたいと、私は思っています。しかし同時にそれは、現時点で自分のことを「男」「女」として認識し、そう生きることを選択する人をも尊重する形で行われないといけません。ですので、性的少数者であるならば「男でも女でもない」生き方や性自認を選択しないといけない、というのは間違った考え方です。また、性的少数者であるならば「男でも女でもない」生き方や性自認を選択しているハズだ、というのも事実に反する思いこみです。
 「男・女・性的少数派」という選択肢は、一見、性的少数者を尊重しているように見えるかもしれません。しかし実は、この考え方は、MtFやFtMといった「典型的ではない男/女」を「男/女」の枠組みから排除したうえで、「男」「女」とは別の新しい枠組みに閉じこめる事を意味します。性的少数者は、本人がいくら自分のことを「男」「女」だと自認していても、「男」「女」として扱わなくてもいい、というメッセージにもなってしまいます。

3:少数派のための特別席はいらない

 言い換えると、「男・女・性的少数派」という選択肢は、普通に「男」「女」として生きている人たちのあり方や生活・社会制度はそのままにしておいた上で、その外に性的少数者にも特別に場所を与えようという発想です。しかしこれでは、普通に「男」「女」として生きている人たちのあり方や生活・社会制度は、問い直されずに現状のまま維持されるだけです。
 性的少数者の運動は、自分たちを特別扱いしてくれと求めているわけではありません。「ごく普通に生きているだけ」だと自分で思っている人たちが、ただ単に「ごく普通に生きていける」というそれだけのことだけが、一体どれほどの特権であるか、ということを告発しているのです。

【参考】

  • 1:母体保護法第28条を削除せよ!
     先日、埼玉医科大学で性再指定手術(性転換手術)が行われた。「ああよかったね、これで日本でも手術できるようになったんだね」と無邪気に思っているあなた。あなたはいったいどの立場からそんな無責任な発言ができるのか。
  • 2:性別にこだわっているのは誰か?
     「俺/オレ」「僕/ボク」「私/わたし」という自称にこだわり、「さん」付け「君」付けされることにこだわり、「本来の自分を取り戻すために」性役割をわざわざ意図的に身にまとい、時には体さえどちらかの性別に合わせてしまう。トランスジェンダーっていう人たちは、なんて性別にこだわっている人たちなんだろう!そんな窮屈な生き方をしなくてもいいのに。――――そんなことを思ったことはありませんか?

 こういった告発を前にして、「性的少数者」のための特別席を「男」「女」の外部につくるということは、本当に少数派を尊重していることにはならないと思います。むしろ逆に、普通の「男」「女」というカテゴリー自体は問い直されず、「性的少数者は特別な人」という印象を与えてしまいます。

(なお、アンケートの設問「Q6 『女/男らしさ』という意識はどのような問題を起こすと思いますか?」とその回答の選択肢なども、やはり詰めが甘い印象がぬぐえません。しかし、いちいち全部のテキストを添削するまで無償でサービスすることでもないので、ここでは触れません。というか、たぶん全体をつくり直さないといけないのではないかしらん、あのコンピューターの設問たち)

こんな代案もある

 「性別による回答のばらつきを集計したい」という設問の目的と、「このアンケートの集計以外には回答は利用しない」という使用方法の限定を明示し、かつ設問に回答するかどうかを任意にした上であれば、例えば以下のような代案も考えられます。

【代案1:性別を聞かない】

【代案2:自由記入方式】

●あなたの性別は何ですか
[         ]
**「必ず100字以上で回答のこと」などと条件を付けるとなおよい(笑)

【代案3:以下の選択肢をつくって複数選択可にする】

●あなたの性別は何ですか
□女
□男
□その他
□この設問自体が不快だ

リバティ大阪への申し入れ

 以上のようなお話を、その時は口頭でしたのでもっと雑にですが、昨年にリバティ大阪に展示を見に行ったときに、直接学芸員の方にはお伝えしました。私の意見の趣旨は理解していただけたようで、この設問の問題点を認め、改善することを約束してくれました。
 「自分たちの隠された意識を問い直そう」といっているリバティ大阪自身が、不充分な認識を持っていた訳です。人は一生、不充分な認識を持って生活し、他者から批判を受けつつその都度修正して生きていくしかないですから、まさにそういう事例として活かして欲しい。「批判を受け、真摯に考え、あやまちを認めて改める」というスタイルこそが必要だ。単に展示を直すだけではなく、不適切な設問をつくったことと批判を受けた事実をむしろ積極的に記録/公開し、「人は不充分だし間違いもおかす、でも、間違いや不十分点を公式に認めて、改めることができる」というお手本を示して欲しい。それこそが「人権」を掲げる博物館としてするべきことだ。ーーこんなことをその場でお伝えしました。(しばしばこの「間違いや不十分点を公式に認めて」が抜け、わざわざ言葉にして批判をするという労を執った批判者を一方的に搾取した上で、勝手に自分だけ態度を改める人は多い。それはやめて欲しいです)

 そして今年に入り、リバティ大阪の学芸員の方には以下のメールを1/20に送りました。

●●さん(学芸員の方のお名前が入ります)

こんにちは。
メールをお送りするのが、ずいぶんと遅くなってしまいました。
ご容赦ください。

先日は、突然のところをいろいろとお時間頂き、お話ありがとうございました。
その時に申していました、テキストは、以下にあります。
マジョリティーとしての鈍感さを指摘されたときの、応答とやりとりを通じて自身が変化していくこと、そういった融通さというか柔軟さを持つこと、そういう作風こそが、「性」という分野でものを考えるときに一番大切なことだと思います。というのも、私たちは例外なく何らかの「性」のステレオタイプにとらわれているし、またそうである地点をスタート地点にするしかないからです。そして、そういう「思いこみ」や「ステレオタイプ」には、終わりがないと思うからです。
せっかくがんばってつくった展示にも、実は「思いこみ」が潜んでいた、というのは、まさにその展示の内容/趣旨として絶好の「ネタ」だと思うのです。是非、最大限活用して欲しいです。

●女?男?いちいちうんざり?ホントに?
http://barairo.net/works/index.php?p=35

「★私には全く分かっていなかった」「★日比野がおいつめられる!ピーンチ!」あたりが、私の自己批判。私がトランスを始める前の、「男として」書いた最後の頃の文章です。

●たとえそこがどこであっても
http://barairo.net/works/TEXT/Wherever/Wherever-j.html

結論として、こんなことを書いている文章。私の考え方の変遷をまとめた文章です。
「まず何より「私たち自身」こそがジェンダー化されており、だからこそ、「私たち」のだれ一人として、差別意識のない人間はいない。そして同時に、「私たち」はなくすべき制度や差別、相対化するべき意識や感情があることも理解している。「私たち」自身こそが率先して変わって行かなくてはならない。私はこういったことを「男女という制度」との闘いの中で学びました。そして、自身が無実ではない、ということは、他者の過ちを黙認しなくてはならない、ということでもありません。目撃証人witnessになることも大切なことです。「仲間だから」「事を荒立てると大変だから」「その人は精一杯やっているのだから」などと表面的な人間関係を維持しようとすることこそが「男女という制度」を支えていることを考えれば、むしろ逆に、加害/被害を曖昧にしない、場合によっては加害者に責任をとらせることも必要です。それは、時には運動やコミュニティーの内部で公然と異を唱える事を意味しますし、運動内部の問題点を公然化してしまうことにもなります。また実際に目の前の「運動課題」を一時的に邪魔しているように見られることもあるでしょう。」

また、修正の内容や検討の経過など、お教えいただければうれしいです。

それでは、今年もよろしくお願いいたします。

ひびの まこと

 上のメールには書き忘れたのですが、「人は不充分だし間違いもおかす、でも、間違いや不十分点を公式に認めて、改めることができる」という例としてもう一つ、つけておきます。

 さて、リバティ大阪がどんな対応をしてくれるか、楽しみです。(1/25段階では何の連絡もないので、以前の展示/設問のままであると思われるのですが、どうなんだろう。何の連絡も断りもなく、ただ単に設問内容だけ変えていたりしたら、ちょっと悲しい)

**その他の展示では、私が十分に知らないことを知ることが出来たりするなど、見応えのあるものもたくさんありました。
**ただ、性的少数者のコーナーなどは、企画段階から何度も「Aセクシュアルをちゃんと扱って欲しい」と要望していたにもかかわらず結局ちゃんとは扱っていないなど、内容面でもいろいろありますが、とりあえずここでは書きません。

**先ほどこのページのことをリバティ大阪の方にメールでお知らせしました。(2006/1/26)

“「男」「女」「性的少数派」を選択肢とする性別欄!!” への3件のフィードバック

  1. 早速リバティ大阪の学芸員の方からお返事のメールを頂きました。
    現在は、「アンケートに答えて統計を見る」という項目そのものを、いったんなくした状態で公開しているということらしいです。質問内容、質問項目などを修正した上で、再度アンケート機能を復活させる予定とのこと。
    4月発行のリバティ大阪の広報誌に、今回のいきさつを含めてリバティ大阪側の文章を書かれるということですので、楽しみに待つことにしますです:razz:

  2. ピンバック: macska dot org

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