自彊館闘争~野宿者とセクシュアルマイノリティー

 先日長居公園に行ったのは、実はもう一つ目的がありました。行けば、自彊館闘争のKさんに会えるのではないかということ。実際、「プチ大輪まつり」でKさんにお会いし、少しお話しすることができました。
 自彊館闘争というのは詳しくは「ユニオンぼちぼち」のサイトからチラシをダウンロードしてもらうといいんですが、「性同一性障害に対するセクハラへの謝罪と雇い止め撤回を求める裁判闘争」のことです。(PDFではなくテキストで見たい人はこちら

自彊館闘争とは

 チラシによれば、Kさんは、自分が性同一性障害であることを報告して採用されたにもかかわらず、「男か女かはっきりしろ」「野宿者から蔑視される」など差別的な言葉を浴びせかけられたあげく、仕事を取り上げられ、雇い止めにされてしまいました。性別という領域で、典型的ではないあり方を持っていた為に解雇されたということで、性的マイノリティーへの差別だとこの事件を位置づけられます。
 また、正社員であれば簡単には解雇はできませんが、非正規雇用の労働者の安易な首切りの典型的な方法である「雇い止め」が行われていることから、非正規雇用の労働者への差別という観点からも、この事件は位置づけられると思います。

 実はこの裁判、性同一性障害もしくは性的少数者の不当解雇という問題を提起した裁判としては、日本でまだ2例目ではないかと思います。「まず取りあえず当事者が集まる場を創る」「とにかく合法的に手術をできるように」といった本当に最初の最初の段階から、生活の現場の問題が具体的な争点として浮上できるような段階に来たんだと思います。「トランスジェンダー/性同一性障害の人を尊重しよう」というお題目では済まなくなってきたということ。そういう意味で、ヨシノユギさんの裁判闘争と並んで、いま大切な現場だと私は思っています。

自彊館とは

 ところで、この自彊館という名前、私には聞き覚えのある名前でした。
 以前、日雇労働者の街である大阪の釜ヶ崎で、労働運動(*注1)の支援や医療支援をしていた時に、自彊館の名前はよく出てきました。特に年末年始など現場仕事がなくなる時に、また取りあえず生活保護を取って一時しのぎをするために、野宿を強いられている人たちを屋根のある部屋で寝れるように、「自彊館に入れる」ということを「自彊館押し込み闘争」として、対行政闘争として、「私たち」はやっていました。
 そしてもう一つ皮肉なことに、その「自彊館」も両手を挙げて絶賛するような施設ではなく、アオカン(野宿)よりはマシ、という程度のものでしかなく、実際に自彊館に入ったことのある人たちからは悪口も聞こえてくる、そんな施設でした。

寄せ場・野宿者・セクシュアルマイノリティー

 寄せ場とは、日雇い労働者が仕事を得るために集まってくる場所です。大阪の釜ヶ崎は、日本最大の寄せ場でした。
 さて実際に釜ヶ策近辺を歩いてみれば、女装者、もしくはトランスジェンダーであると思われる人を何人も見かけることができるでしょう。ゲイバーで必須の「若さ」をうっていたママさんが、年を取ったとき、一体どういう仕事に就くことが出来るのでしょうか。服装や言葉遣い、過去の経歴などについてうるさいことをいわない現場系の力仕事しかできなくなってしまう性的少数者は、沢山いるはずです(但し私の知る限り、MtMかMtFがメイン)。理念の問題としてではなく、現実の問題として、寄せ場には、たくさんのセクシュアルマイノリティーがいましたし、今もいます。
 しかしそういったことは、私が関わっていた当時の運動の中ではほとんど話題になりませんでした(最近では、少しは話題になっているようです)。
 逆に、性的少数者の運動の中でも、話題としては、仕事を持っており、住む家がある、そういう性的少数者のことが話題の中心です。というか、日雇い労働や野宿生活をしている性的少数者のことが性的少数者の運動の中で話題になった事って、ほとんど無いのではないかしらん。

 わたし個人の運動歴でいうと、始めは学生運動やいろんな社会運動の中にいて、そこで性的少数者の権利の問題を訴え始めたんだけど、どうしても話が合わないというか、端的にいって「テンポが遅すぎる」ということがあり、セクマイ当事者色の強い運動現場に行き着いたという歴史があります(*注2)。釜ヶ崎の運動のことに戻すと、私の学生当時は、やっと運動内部の女性差別が公的かつ公然と問題化されてきたところでした。
 いろんな運動現場で性的少数者の話を持ち出すと、様々な理由を付けて後回しにされます。「ここは●●の問題を扱うために皆が集まっているんだ、性的少数者の話は大事だろうが、ここではなく、他でやってくれ」というのが、典型的なもの言いでした(*注3)。「●●」の問題の当事者の中にも性的少数者がいる事は無視され、「●●」の中のマジョリティーの問題だけが、まるで「●●」の問題であるかのように偽装されてしまうのです。
 そしてだからこそ、こういう「ものの発想」と闘うことこそが、私の活動家としての中心的なアイデンティティーの一つになりました。(「レズビアン&ゲイ・パレード」の名称問題にこだわる私の理由の一つも、ここにあります。)

自彊館闘争と野宿者

 だからこそ、わたしは、これと同じ事(裏バージョン/セクマイだけのことを考えること)をしたくないのです。
 自彊館闘争は、おそらくまず、セクマイ差別に対する闘いです。しかしこの闘いについて語るとき、そもそも自彊館とはどういうところか、野宿者や日雇い労働者がどういう状況に置かれているのか、そういったことに触れないで、「セクマイ差別」の観点だけでこの問題について語ることは、私にはどうしても不充分に思えてならないのです。
 敢えて言ってしまうのなら、自彊館闘争は「仕事があった人がクビになった話」ですが、そもそも仕事にありつけずに生活保護を受ける人が来るのが自彊館です。ですので、簡単に野宿者の運動と自彊館闘争とが協力できる訳ではないとも思います。しかし、強制排除に反対するための長居公園での「プチ大輪まつり」でKさんにお会いできたこと、そして立ち話ではあったけれどこのページに書いたようなことを少し直接Kさんとお話しできたことが、私には何より嬉しかったです。


●リンク

ユニオンぼちぼち
大阪自彊館

釜ヶ崎パトロールの会
野宿者問題とは
釜パト活動日誌

釜ヶ崎支援機構

大阪市:野宿生活者(ホームレス)対策について


●注釈


(*注1)
 当時は、「野宿者」ではなく「日雇労働者」という言い方が運動では一般的でした。社会的に「浮浪者」「怠け者」というレッテルを貼られやすかったことに対抗し、ホームレスの多くは、実はビルや橋など生活に不可欠なものを実際に造っている労働者なんだ、そういう不可欠の人材が日雇いという不安定な状況に置かれているんだ、ということに重点を置いていたんだと思います。現在は高齢化が進み、職も減り、実際に仕事がしたくてもできないという人が増えてきたこともあってか、「野宿者」がよく使われているようです。


(*注2)
 詳しくはたとえそこがどこであってもとか、私の変わらぬ思いをご参照下さい。


(*注3)
 つい最近も、働く女性の全国センターの呼びかけ人の1人から目の前でそういう趣旨のことを言われて、私は悲しかったです。

“自彊館闘争~野宿者とセクシュアルマイノリティー” への2件のフィードバック

  1. >「まず取りあえず当事者が集まる場を創る」「とにかく合法的に手術をできるように」といった本当に最初の最初の段階から、生活の現場の問題が具体的な争点として浮上できるような段階に来たんだと思います。

    生活の現場の問題が具体的に解決しない限り、深刻な事態を招くことは稀ではないでしょう。
    GID当事者がどこでどうやって生活していくのか?
    手術よりも大切な問題が取り残されているのではないかと思います。

  2. コメントありがとうございます!
    「生活の現場の問題が具体的に解決しない限り、深刻な事態を招くことは稀ではない」というのは、全くその通りだと思います。
    特に「手術さえしてしまえば、あとはバラ色の人生」というのは全く事実に反すると思います。そういった誤解を避けるためにも、「生活の現場の問題が具体的に解決しない限り、深刻な事態を招く」という事実を、可視化していくことは大切だと思います。そういった意味でも、自彊館の裁判は、大切な裁判だ、と私は思っています。
    (ただ、「なにが一番大切か」ということには、人によっていろんな優先順位があるとも思います。)

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