現にここにある矛盾を顕在化させ イスラエルを自分の位置から批判するために

インパクション表紙

 ずいぶんと昔になりますが、インパクション誌132号(特集「暴力と非暴力の間─複数の場からの9・11以降」2002年発行)に寄稿した文章です。サイトに未掲載でした。

■はためくイスラエル国旗

旗1 旗2 六月二八日、イスラエルのテルアビブで、中東で最大規模のレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーのパレードがありました。昨年は約一万五千人が参加したと聞きました。イスラエル地区も、そしてパレスチナ地区も、性については保守的な考え方の人も多い中で行われるパレードの開放感は、私にとっても大きいものでした。集会会場やパレードの街道沿いには、巨大なレインボーフラッグが連なって掲げられており、壮観な眺めでした。
 しかし実は、よく見ると、そのレインボーフラッグとレインボーフラッグとの間に、なにやら他の旗が掲げられています。白地に青の旗、イスラエルの国旗です。
 あまりにショックでした。パレード会場に来るほんの二時間前、私は東エルサレムのアラブ地区の宿に泊まっていたのですが、そこではイスラエルの旗は侵略者の象徴の旗なのです。ナブルス近郊のバラタ難民キャンプで私はイスラエル軍に身柄拘束され、しばらく拘置所に収容されていたのですが、その拘置所に高々と掲げられていたのが、他ならぬ、白地に青のイスラエル国旗なのです。
 パレードに参加する多くの人にとっては、性的少数者の権利を訴えることと、イスラエル国家の生存権を主張することが、同じように人権の問題なのでしょうか。マイノリティーの権利を主張する場でイスラエル国旗が大々的に掲げられていたという事実の重みを、私は受けとめざるを得ませんでした。イスラエル人は自分たちのことをマイノリティーだと思っているのではないか、という印象を私は受けました。(パレードには、「占領が続く今はカラフルなお祭りをする時ではない」と主張して黒尽くめのいでたちで参加した「ブラックランドリー」というグループもあったのですが紙幅の都合上ここでは触れません。)

■マイノリティーの人権運動としてのイスラエル建国

 「ヨーロッパでユダヤ人が迫害された状況に対する闘いとして、ユダヤ人の生存権のために、ユダヤ人の国をつくる」という物語は現在でもそれなりに大きな力を持っています。マイノリティーの人権運動としてのイスラエル建国です。
 多くのイスラエル人の、パレスチナ人に対する信じられないくらいの想像力の欠如は、私-たち-が社会運動を行っていく中で誰でも陥りかねない過ちだと思いました。マイノリティーが社会運動をしようという時に、例えば「ゲイの集まる場所をつくりたい」「女のグループを作りたい」という欲望はしばしば表明されていますし、実際そのような場所やグループも少なくありません。そのような場所が、バイセクシュアルの顕在化を抑圧したり、トランスジェンダーを歓迎しなかったり、日本人中心の、健全者中心の、大学生の特権を不問にした、そういう場所になってしまうということは、決して少なくありません。また、例えば「戦争に反対」といった正しく必要な課題を掲げている場所が性差別や性的な暴力の問題に関心を示さないことも珍しくありません。社会運動のためにある課題を掲げた時に、課題を掲げることが、他の問題を考えないための口実にされてしまうということは、しばしばあることです。「自分が抑圧を感じているただ一つの問題だけを考えればいい」というのは単なるマジョリティーのわがままな特権なのですが、そういった自覚を持って進められる社会運動にはなかなか巡り会えません。
 制度や国家、差別や文化は、一人一人の意識の積み重ねで創られるものです。と考えるとき、私-たち-のつくる社会運動は、自身のマジョリティーとしての特権に果たしてどれだけ自覚的でしょうか。今の国家の中では私-たち-は少数派だとしても、もし自分たちが権力を持ってしまったときに、そこにどんな国家をつくるのかが、私たち自身が今つくる社会運動の中に現れているのです。だからこそ、もし私がイスラエルという国家を有効に批判することができるとしたら、それはマイノリティー運動を私たちがつくっていく中で「私-たち-自身」が陥りかねない過ちに対する自己批判としてではないかという気がしています。

■イスラエルだけが悪いとは思えない

 イスラエルはパレスチナに対する侵略によって成立した国家です。そして、現在も入植や「テロに対する闘い」を口実にした占領と破壊によって大々的に公然と侵略を継続しています。こういった状況に対して、「イスラエル=国家テロの首謀者=加害者、パレスチナ=被害者=正しい闘い」という単純な図式で私はものを考えていました。そして実際に自身でパレスチナ/イスラエルに行って国際連帯運動(the International Solidarity Movement/以下「ISM」)に参加してみて、本当にイスラエルは侵略国家なんだという認識を強くすると同時に、実は、単にイスラエルを批判すれば事が済むようなものの見方はやめた方がいいと思うようになりました。私は、何よりもまず、自身の立ち位置に思いを巡らせざるを得ませんでした。
 本当は皆が知っていることのハズなのですが、米国本土は全て、侵略による占領地です。アイヌ・モシリである北海道や琉球も、松前藩や薩摩藩と明治政府によって侵略・占領された土地です。現在進行形の侵略は非難され、百年前二百年前から続く侵略は免罪?アイヌの聖地である二風谷地区がダムの底に沈められたのはつい六年前のことです。沖縄県嘉手納町の面積の八〇%以上が今でも米軍に占領されています。いま私が生きる世界のルールが、侵略と占領はやったもの勝ちのまさにそんな世界だからこそ、イスラエルはパレスチナを侵略し続けられるのです。そのことに気がついたとき、まるで自分は何ら有罪ではないかのようなふりをして、イスラエルの「現在進行中の」「分かり易い」侵略だけを一方的に批判することは、私にはできません。

■「国際連帯運動」とは何なのか

 今から振り返ってみれば、自分のことを棚に上げてイスラエルを一方的に批判することはできないからこそ、ISMの活動には共感し参加できたのだと思っています。
 ISMは「非暴力直接行動」の運動です。実際の活動は、占領下の難民キャンプに行って民家に宿泊したり、住民が病院に行くのに同伴したり、イスラエル兵の行動の目撃者になったりということです。しかし考えてみれば、わざわざ戦場の最も危険な場所に出向き、わざわざ攻撃されやすい場所に居続けることで攻撃の邪魔をするというのですから、それほど過激なこともありません。時には、わざわざ戦車の前に居続けることで戦車の通行を阻止しようとすらするのです。だからこそここで言う「非暴力」とは、何かをしないこと、争いごとを起こさないこと、秩序が保たれていること、などを意味するのではありません。むしろ逆に、ISMは、本当は現にここにある矛盾を顕在化させよう、大きな力によって争いやトラブルが隠蔽されるのを阻止しようとしていると言えます。ISMの「非暴力」とは、物理的軍事的な暴力を使ってこちらの意志をイスラエルに押しつけることはしない、ということを意味しています。押しつけはしない、あくまで意見を明示し提案する。しかしだからこそ言うべき事ははっきりと言う(付言すると、ISMの活動は非暴力直接行動に依りますが、パレスチナ人が武装してイスラエルの占領と闘う権利があることも、ISMは明確に態度表明しています)。
 ISMの創立者の一人で、私と一緒にバラタ難民キャンプに出向いたネタは、イスラエル人です。強制退去処分に対して共に裁判を闘ったダーリーンも、米国籍のユダヤ人です。その他にも何人ものユダヤ人がISMに参加していました。「マジョリティーだから何もできない」ではなく、マジョリティーだからこそ、イスラエルと同じ侵略者だからこそ、できることがあるし、しなくてはならないことがある。自身を無罪の高見においてイスラエルを断罪するのではなく、最も困難な場所に出向いて、自分を相手と同じ場所に置いて、いけしゃあしゃあと、しかしはっきりと自分の意志を行動で示す。悪意や支配ではなく、希望を創り出す運動だと私は感じました。
 こういったISMの動き方が、私がここ数年ジェンダーやセクシュアリティーの問題を取り組む中で考え続けていたこととシンクロしたことは、私にとって、驚きであると同時に、納得のいくことでした。私たちは程度の差こそあれ、すでにジェンダー化されてしまっています。トイレ・銭湯・ランドセルの色・服装・言葉遣い、本当にありとあらゆるものが性別によって分けられ、人は「彼/彼女」と性別で表象される社会の中で、私-たち-は生活できています。性別秩序によるすり込みは、誰を好きになるかという感情のレベルの問題にまで性別が基準になるくらい、深く、全面的なものです。だからこそ、私-たち-のだれ一人として、差別意識のない人間は居ません。そして同時に、私-たち-はなくすべき制度や差別、相対化するべき意識や感情があることも理解しています。自身が無実ではない、ということは、他者の過ちを黙認しなくてはならない、ということではありません。「仲間だから」「事を荒立てると大変だから」「その人は精一杯やっているのだから」などと表面的な人間関係を維持することを口実にすることが性別秩序を支えていることを考えれば、むしろ逆に、加害/被害を曖昧にしない、場合によっては加害者に責任をとらせることも必要です。実はそういう取り組みに自身で参加することを通じてのみ、自身に染みついた「切実な」「心からの」自身の差別意識を相対化していくことができる可能性があるのではないでしょうか。
 無実の人が有罪の人を断罪するような方法ではなく、しかし問題を曖昧にするのではない、運動の方法が必要なのです。

■目撃者になろう

 例えば誰かが「私はAさんに性的な暴力を受けた」と話したときのことを考えてみます。残念なことですが「性的な暴力なんて大したことはない」とか「自分だってこんな事をされて我慢しているんだから」などと合理化して、被害の告発が無視されてしまうことが少なくありません。そんな時に、「暴力を受けたと言っている人の話をちゃんと聞こうよ」「誰がやったとしても、間違いは間違い」と言ってくれる公平な第三者が一人でもその場にいたら、どれだけ状況が良くなるでしょうか。
 実は私は「何の技術もない私がパレスチナに行っても足手まといになるだけではないのか?」という不安をずっと持っていました。ISMのホームページやメールグループには「パレスチナで会おう!」「目撃者になる」「まさに今こそが、私達が、どんな人でもここにいることを必要としている時」「難民キャンプの家庭に滞在して、市民に保護を提供する」「カメラ、ビデオ、E-mailやインターネットを通して発表される日記、によって、パレスチナで起きている事実を実証する」などと書いてありましたが、実は半信半疑でした。
 しかし実際バラタ難民キャンプに行ってみて、ISMが言っている「目撃者」には、さきに述べたような公平な第三者としての意義があるということに気がつきました。極端な言い方をすれば、「ここに単なる観光客が一〇〇〇人いたら、イスラエル兵も無茶はできないのに」とすら、思いました。
 往復航空券は一〇万円から一五万円程度。時間にして二四時間以内に行くことのできるところにパレスチナ/イスラエルはあります。
 私の泊まっていたファイサルホステルはISM活動家の拠点でもありましたが、それとは別に、日本人(もしくは、日本語を第一言語とする人)のバックパッカーに有名な安宿でもありました。特に何の政治的な意図もなくそこに宿泊していた人も、何人も飛び入りでISMの行動に参加していました。また現地に行って分かったことですが、日本からイスラエル/パレスチナに渡って生活したり活動している人も、実はかなりいます。そういった人たちから情報を集めれば、ISMに頼らないで、自分自身で占領地や現地のNGOを尋ねてまわることもできます。
 それは決して安全なことではありません。しかし、毎年3万人もの人が自殺することを強いられる日本で生活することもまた、決して安全なことではないとも私は思います。

*日比野のホームページ(http://barairo.net/)では、パレスチナ現地の写真を公開しています。また、「ひっぴぃ ♪♪の出張サービス♥」のご案内もご覧下さい。
*ISMが秋のキャンペーンを提起しています。詳しくはISMホームページ(http://www.palsolidarity.org/)で。


関連テキスト


たとえそこがどこであっても

「バイセクシュアル」の主張と、パレスチナの国際連帯運動(ISM/International Solidarity Movement)の非暴力直接行動への参加、イスラエルで「No Pride in the Occupation」と掲げる反占領の立場のQueerグループのこと、セクシュアリティーの話と反戦運動について、総合的にまとめて書いた文章です。ここ数年のわたしの活動のまとめのような文章になっています。超長文。英語版もあり。
(2003年9月 イタリアの雑誌「DeriveApprodi」に寄稿したもの)


特集:パレスチナ

パレスチナで国際連帯運動の非暴力直接行動に参加したひびのの、パレスチナ情報ページです。

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