宣言(案)の内容について

 「私たち」が考えなくてはならないことは2つあります。1つは、社会に対して、強制異性愛社会に対して何をどう訴えていくかということです。もう一つは、「私たち」とは何か、「私たち」はどのような人間関係の在り方をつくっていくのか、ということです。そして、前者は後者の土台の上に載るものです。後者をあいまいにしたまま有効な対社会の主張はできません。パレードにおける宣言も、社会全体に対する意見表明であると同時に、レズビアン・ゲイのコミュニティーに対しての「私たち」自身に対する決意表明や提案でもあるのです。

  1. :「私たち」の枠組みと在り方という観点
    1. 同性愛者以外の性的少数者のあつかい
    2. ジェンダーの問題の欠落
    3. レイシズム
  2. :強制異性愛社会に対して何をどう訴えていくか
  3. :対案の例

1:「私たち」の枠組みと在り方という観点

 では、宣言(案)をこの2つの観点から検討してみましょう。始めに「私たち」の枠組みと在り方という後者の観点からです。
 宣言(案)には、この視点があまり感じられません。「私たち」の間にある多様性やそのあいだでの争い等についての配慮がみられません。

(a)同性愛者以外の性的少数者のあつかい

 例えば具体的には、この宣言(案)の主語は「同性愛者および性的少数者」となっていますが、この言い方はレズビアン・ゲイのコミュニティーの中にいるレズビアン・ゲイ以外の人のことを軽視しています。なぜ「性的少数者」で括らずに「同性愛者」だけが他とは違って特別に明記されるのでしょうか。パレード当日の集会で私も発言しましたが、例えばバイセクシュアルの男女はいまだにレズビアン・ゲイのコミュニティーの中の少数派として微妙な位置にいます。現場では、実際に「レズビアン・ウィークエンド」にバイセクシュアル女性が参加できるかどうかでシビアな議論がされてきています。OLPが「レズビアンをキーワードにセクシュアリティーを考えるサークル」であって「レズビアンのサークル」とはいわないことに気付いているでしょうか。ゲイ・フロント関西がその規約の中に男性同性愛者という言葉を一切使わず、必ずしも男性同性愛者だけを指すわけではない「ゲイ」という言葉を、しかもその言葉の定義についての合意がなく1人1人のそれぞれの定義のまま活動している現実、そして札幌のプライドマーチではあえてなじみの薄い「レズビゲイ」「セクシュアルマイノリティー」という言葉を使っているという事実、等を考えれば、たかが言葉の問題として済ますことができないのが分かるでしょう。そしてそれは宣言(案)の内容にも現れています。「私たち」の間で既におきているバイセクシュアルの男女が提起した問題をどのような方向で解決していくのかについての言及が一切ありません。バイセクシュアルの扱いはレズビアン・ゲイにとっての試金石なのです。レズビアン・ゲイを排除し、黙らせ、居心地を悪くする異性愛社会の在り方と、バイセクシュアルを排除し、黙らせ、居心地を悪くするレズビアン・ゲイのコミュニティーは、どっちもどっちなのです。バイセクシュアルの男女は「2流市民」「名誉白人」としてレズビアンとゲイのパレードに参加させていただいているのではないのです。
 また例えば、トランスジェンダー(広義)やインターセックスがこの「性的少数者」に含まれているのであれば、なぜ性転換手術に向けた動きに対する言及がないのでしょうか。なぜ、出生時の性別判定にまつわる話に触れられていないのでしょうか。
 バイセクシュアル男女やトランスジェンダー、インターセックスの生き様やその困難さや喜びがどれくらい「私たち」の間で共有されているのでしょうか。同性愛者の話しか書かれていないこの宣言(案)を、バイセクシュアルやトランスジェンダー、インターセックス等を含む「性的少数者」全体で宣言するのには、いくらそこに書かれている内容に間違いがなくても、無理があります。なぜならそれは、今、ここに、目の前にいる同性愛者以外の主張と存在を無視することになってしまうからです。バイセクシュアルの男女やトランスジェンダー、インターセックスなどは、同性愛者の都合を助けるためにいるのではないのです。宣言(案)全体から考えると、「ゲイだけ」では格好悪いから、またいろいろ文句を言う人がいるから、形の上で「性的少数者」という言葉を付け足しただけのようにしか私には思えないのです。
 ただ念のためにいっておきますが、他人の問題を理解するのには時間がかかるものです。実行委員会の議論の過程が、レズビアン・ゲイ以外の少数者の声を拾おうという方向でなされているのであれば、ある時点における宣言(案)の内容が不十分なものであることはある意味仕方のないことです。同性愛者に加えて性的少数者という言葉が加えられたことが、レズビアン・ゲイ以外の人の話を取り上げ聞いてみることのきっかけになることを、私は期待します。(彼らには無理?)

(b)ジェンダーの問題の欠落

 宣言(案)では簡単に「同性愛者」と一くくりにしていますが、これはジェンダーをあまりに無視しています。
 ゲイとレズビアン(またはそれを始めとする男女の間)には、明らかに利害関係が異なる点があります。バブルがはじけた現在、女性がわりのいい仕事を見つけるのは男性に比べて本当に困難です。いまだに女性の就労を拒否している職場があります。女性が土俵に上がれないスポーツが国技とされ、国会議員はほとんどが男性で、職場や教室や通勤電車では女性に対する性暴力が延々と続けられています。「気をつけよう、暗い夜道の一人歩き」という看板が、強姦の助長ではなく防止に役立つといまだに考えられているのです。15年戦争の間に日本軍男性兵士に性奴隷として強姦され生き抜いたサバイバーたちの声は、「強姦はなかった」というセカンドレイプの声に公然とさらされています。ジェンダーロールの押しつけに対して、拒食・過食といった身体レベルでの抵抗にまで追いつめられている女性たちがいます。これが日本の今の状況の一端であり、女性がさらされるこのような状況からレズビアンであれば逃れられるわけではないのです。おそらく多くのレズビアン(を始めとする女性たち)には自明なこのことが、はたしてどれくらいゲイ(を始めとする男性たち)に理解されているでしょうか。この認識の落差は、「私たち」の間にある大きな問題の1つです。もしパレードが、女性の当事者を含むものとして行われるのであれば、ジェンダーの問題は中心的な課題の1つであると私は思います。
 「いやこれは、性的指向を扱うパレードなんだ!」という人がいるかもしれません。しかしそれをレズビアン・ゲイ・パレードに関していうなら、ゲイを始めとする男性のわがままでしかありません。「ジェンダーのことなんか必要でない!考えたくない!」。
 このわがままはパレード全体に貫かれています。実行委員会のメンバーの人数比、会議での発言の量、責任をどれくらい負っているか、などをみても、圧倒的に男性のヘゲモニー下にあります。女性のトップレス禁止や「レズのくせに」発言など、女性が居心地悪くさせられる日本社会の構造はそのままパレードに持ち込まれています。この状況をそのままで、「性的指向のことだけを考えよう」と主張するのは、現在すでにパレードの中にある男性の優位・ヘゲモニーを維持しようということにしかなりません。
 どうしてもジェンダーのことを考えたくないのであれば、男性だけのパレードとすべきです。しかしそのような女性嫌悪・蔑視こそが、ホモフォビアやオネエ差別の根拠の一つであるということを考えると、私には有効な方法であるとは考えられません。少数確信犯たちによる特定の問題に特化した表現ならともかく、大衆的な運動として「男性だけ」のパレードを行う意義はないと思います。

(c)レイシズム

 第3の問題はレイシズム(racism・民族差別)です。
 宣言(案)では日本国憲法第14条が引用されています。しかしここでいう「すべて国民」の中には含まれない人が私たちの周りにはたくさんいます。在日朝鮮人を始めとする在日定住外国人の多くは日本国籍を持たず、日本国民ではないのです。「私たち」=「日本人」=「日本国民」という思い込みは、ヘテロ社会だけでなくレズビアン・ゲイのコミュニティーの中にも存在します。(実際に、「あなたは日本人である」という思い込みを前提とした発言を何回か聞いたことがあります)。政治的な宣言をしようと考えるなら、安易に「国民」などという言葉を「私たち」の意味で使うべきではありません。ごく自然に出てくる言葉の一つ一つ、「あなたは異性愛者である」という思い込みを前提とした発言(「彼氏できた?」「結婚しないの?」)がいかに人を傷つけるかということは、「私たち」には身にしみているはずです。


2:強制異性愛社会に対して何をどう訴えていくか

 次は、対外的に宣言するものとしての観点からです。
 宣言(案)では、政府などの力を使ってトップダウンで物事を動かそうとしているように思えます。
 現実には、全国各地でやっといくつかのグループが形成され、いくつかの団体がマスコミなどへの抗議を始めたばかりのところです。(トランスジェンダーやインターセックスに至ってはやっとネットワーキングが始まったところです)。例えばマスメディアの報道についても謝罪を勝ち取っている事例がいくつもありますが、これは本当にお互いが真摯に話し合う中で獲得されています。報道側の人たちが本当に納得して変わっていくことこそが大切なのです。とても面倒で時間のかかることですが、一つ一つ丁寧にしっかりとやっていくことこそが、社会全体が変わっていく基礎となることです。これを、いきなり「反差別法」などをつくって「法律に違反しているからこれは差別表現」とやってしまっては、単なる言葉狩りにしかなりません。相手を黙らせること、謝らせることが大切なのではなく、法律なんかなくても、お互いで納得してホモフォビアについて理解することこそが大切なのです。
 いま、「私たち」がするべきことは、全国で様々な人たちが取り組んでいる活動を具体的に知り、必要なときには協力して具体的な実績を積み重ねていくことではないでしょうか。身近な具体的な問題を解決していく中でこそ、「私たち」1人1人が自分自身の自信とプライドを取り戻していくことができたのです。このような過程を1人でも多くの「私たち」が共有することはとても大切です。
 この観点から、たしかに日本の(男性)同性愛者の運動と生き方にとっての重要な転換点の一つであり、初めて公然と同性愛者の権利が主張され、いまだに相手方がホモフォビアな主張をおろしていない「府中青年の家裁判」について宣言(案)が言及していないのは、私には理解できません。これは、アカーに対する評価や好き嫌いとは別次元の問題です。


3:対案の例

 これはあくまで例です。ためしに書いてみた、というものです。重要なのは、具体的であること!
 いろんな団体の名前が出てきますが、その団体の了解を取ったわけではありません。また、すべてを網羅したわけではありません。でもこんな造りにしたら、あなたも当事者として参加してみようという気になるでしょ!これから、検討していくのです。
 パレードでの宣言というのは、ある程度まとまったものを特定の誰か1人で造ることは、できません。問題・課題は多岐に渡っているのです。宣言を造り上げる過程、いろんな人たちの声が交わされる過程と場を造り、まとめていくことこそが、パレードを呼びかけるものの仕事だと私は思っています。その文脈で、この対案は造られています。従って、この内容のものが第3回レズビアン・ゲイ・パレードで採択されるべきだった、などというものではありません。この対案も、コミュニティーの人たちが関心を示さずまた合意が成立しないのであれば、採択されてはならないのです。
「あなたなら、ここに何を書き入れて宣言したいのか?」
このことを考えるきっかけとして使ってください。(日比野 真)

私たちは「第#回レズビアン・ゲイ・パレード」参加者は以下の通り宣言します。

 今年で「レズビアン・ゲイ・パレード」も#回目を迎えました。レズビアン&ゲイをはじめとするセクシュアル・マイノリティの存在を社会にアピールし、セクシュアリティの多様性を祝うとともに社会にヴィジブルにする当パレードは、全国から集まる様々な立場の人々の参加と協力によってますます規模を増し、定着しつつあるように思います。

 96年以降は札幌においてもパレードが行なわれ、その名称に「レズビゲイ」「セクシュアルマイノリティー」と冠することにより、レズビアン&ゲイだけでなくバイセクシュアルなどのセクシュアルマイノリティーの存在をも初めて大きく打ち出すイベントとなりました。レズビアン&ゲイのコミュニティーの中にも例えば障害者/健全者などの違いが存在する事も明らかになって来つつあります。また、日本で初めてのインターセックスの自助グループもネットワークを拡げ、日本精神神経学会の性同一性障害に関する特別委員会は性転換手術の実施に向けた答申と提言を発表しました。一方では、横浜国際エイズ会議を飛躍点として、セックスワーカーが日本でもネットワークを拡げ、活動を展開しはじめました。そしてまた他方では、セクシュアリティ(性別・性的指向・性自認など)に関わらず現在の性制度に疑問を持ち、それを当事者として積極的に解体・再構築していこうという様々な活動が、「クィア」という言葉を媒介として出会いつつあります。
 私たちはまず、今日、このパレードの場において、このような様々な人々やその活動に多く出会えたことを素直に喜びたいと思います。このような具体的な出会いを積み重ねながら、私たちは自分たち以外のことについての無知・無関心に気付いてきました。これからも、それぞれの立場・状況・考え方の違いに私たち自身が気付いていくためにも、私たちは他者の話にも耳を傾けていきたいと思います。

 さて、日本社会におけるセクシュアルマイノリティーの置かれる状況にはいまだ厳しいものがあります。全国各地でのそれぞれの活動に私たちは敬意と連帯を表明します。そして、今年のパレードにあたり、私たちは以下の事項を要求し、また提案します。

1.私たちは、東京都に対して以下のことを求めます。
「動くゲイとレズビアンの会」に対する府中青年の家の貸出拒否決定を、謝罪した上で撤回し、直ちに控訴を取り下げてください。
2.私たちは、日本赤十字社に対して以下のことを求めます。
献血時における問診票等において、ハイリスクグループの考え方による記述をハイリスクビヘイバーによるものに書き直してください。この件について、札幌ミーティングを始めとする団体との交渉に誠実に応じてください。
3.私たちは、##新聞社に対して以下のことを求めます。
$$$というグループが貴社の記事に対して抗議を行っています。この抗議は、「%%%」という観点から正当なものだと私たちは考えます。##新聞社が$$$との交渉に誠実に応じるよう、求めます。
4.私たちは、法務省および法学界の人々に対して以下のことを求めます。
日本精神神経学会の性同一性障害に関する特別委員会の答申に沿った形で、トランスジェンダー(広義)のための法制度の整備のための検討を開始してください。当事者団体からの要求があれば、交渉に応じてください。
5.私たちは、医療従事者の人々に対して以下のことを求めます。
多くのインターセックスが、出生時の一方的な性別判定に苦しんでいます。インターセックスの当事者団体である「ヒジュラ日本」との対話を開始してください。
6.私たちは、日本政府に対して以下のことを求めます。
15年戦争で日本軍兵士に性奴隷として強姦されたもと「従軍慰安婦」たちに対して、国家として謝罪した上で必要な補償を行ってください。
7.私たちは、教師の皆さんに対して以下のことを求めます。
すべての教室には、レズビアン・ゲイを始めとするセクシュアルマイノリティーの生徒がいます。同僚のセクシュアルマイノリティーの教師や性教協などと協力しながら、彼ら彼女らが自信を持てるような授業をしてください。必要とあれば、その地方にある当事者団体を紹介してあげてください。
8.私たちは、報道関係者の人々に対して以下のことを求めます。
実に多くの「ホモネタ」が現在マスメディアで流されており、多くのセクシュアルマイノリティーが日々つらい思いをしています。是非、自分の関わる表現を性差別の観点から見直してください。できれば、多くのレズビアン・ゲイが勇気づけられるような番組づくりに取り組んでみてください。当事者団体から抗議されたときには、誠実に話し合いに応じてください。
9.私たちは、すべての皆さんに対して以下のことを呼びかけます。
あなたの生活の中で、ホモフォビアなどの性差別にであったら、できることなら問題にしてみてください。もしできることなら、自分のことをカムアウトして、周りの皆と話し合う場を持ってみてください。全国には仲間がたくさんいます。ネットワークを拡げ、協力できるところは協力していきましょう。
10.私たちは、すべての皆さんに対して以下のことを呼びかけます。
あなたの友人、知人、家族の中にも、本当に様々なセクシュアルマイノリティーがいます。もしそのことを打ち明けられたら、ゆっくりと耳を傾けてください。セクシュアリティーについて、一緒に自分のこととして考えてみてください。

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