プロジェクトPのニュースレター「Project Press No.6」に書いた文章。「セックスワーク」について話し合う公開ミーティングの準備号としてつくられた「Project Press No.6」には、多くの人がセックスワークについて自分の考えを書いている。
(Project Press No.6 96年1月31日)
(Project Press No.6 96年1月31日)
あら、恥ずかしいわ!
by ヒッピー
買春したことはありません。なぜでしょう。
大昔は、「セックスをしたい!」という自分の欲望が自分以外にばれるのが怖かったから、そして、「お金を払わないとセックスできない(要するにもてない)」というのが恥ずかしかったから、そして「初めてのセックスは好きな人としたい」という(なんと!)うぶな思いこみから、買わなかったのだと思います。またその頃は、ウリ専なんてものがあるとは思いも寄りませんでした。最近は、ハッテン場に行けばできるので、お金を払ってまでしたいとはあんまり思いません。
売春もしたことはありません。なぜでしょう。
ちょっと怖い気がします。自分に自信がないのかもしれません。具体的な「コミュニケーション」そのものを切り売りするだけの余裕がないのかな?ぼくの対人関係が結構「見たまま、そのまんま」であって「演じる」ってことが苦手だということに関係があるのかな?だいたい今もぼくはセックスに不自由してるし、そんなぼくが人に与えることなんてできるのかなあ。
この「不自由してる」という自己認識もくせもので、たとえばハッテン場でのセックスは相互オナニーでしかないと思うこともよくある。でもこれって自分がちゃんとセックスしてないだけのような気もするし、じゃあセックスってなんなの?肉欲・自分の欲望に向かい合うのが怖いのかなあ。ほんとに最近になってやっと、「エッチしたい」っていう欲望を人に顕す、というより手を出すことができるようになってきたかなと思っています。
これ以上は書きません。ぼくの場合、セックスワークの話の前にセックスの話が必要だし、セックスの話の前にもっともっと、ちゃんと、セックスがしたい!あーもう………恥ずかしいったらありゃしない。
当日には、直接顔を付き合わせながらお互いのことをお話ししましょう。
(女の人が「性しか売るものがない」状態にさせられていることや、アジアから日本に出稼ぎにこざるを得ない経済格差を日本がつくり出していることはほんとに不当だと思います。そして、性の商品化そのものやセックスワーク・ワーカー自体に対する否定的評価(ああなんて傲慢な言い方)も、(例えば同性愛に対するそれと同様に)不当だと思います。「問われるべきはセックスワーク・ワーカーではなく、 セックスワーク・ワーカーへの嫌悪・不安なのだ。」)
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